2025年1月10日

今年は読むべきバイク雑誌を探そう。「本当のプロにしかできないバイクジャーナルを見せてくれ!!」


僕のやっているYoutubeチャンネル「V7Yukikae」で、GB350試乗の動画をいくつか挙げたのだが、その中の一つ、「【HONDA GB350 徹底試乗4】エンジンと車体を詳しく見て、排気音を聴く。」のコメント欄に質問をいただいた。

Q カムチェーンの外側につけてるフィンは冷却にはほとんど寄与しないフリルでは?

それについて僕が書いた答えがこれだ。

A カムチェーントンネルはエンジンの右側にありますが、カムチェーントンネルの存在を感じさせないほど、美しく造形され、冷却フィンが並んでいます。
このフィンは「冷却にはほとんど寄与しないフリル」なのか、そうでもないのか。
0か100かで答えてしまうと乱暴で極端な話になってしまうので、少し長くなりますが、ご容赦ください。
ところで、空冷エンジンで停止したままの長いアイドリングがエンジンによくないと言われるのは、エンジンに走行風が当たっていないと熱の偏在が大きくなり、膨張率がエンジン各所で変わってしまって理想的なクリアランスが取れなくなるからです。つまり、基本的に空冷エンジンではできるだけ「熱を回す」ことが大切になります。カムチェーントンネルの外側にも刻まれているフィンは、他の部分よりもカムチェーントンネルの分だけ短くなっていますが、その分だけ放熱量が減り、温度が他の部分よりも上がりにくいカムチェーントンネル付近と、エンジン全体で回してくる熱の放出とのバランスとしては、まあいいところに行っているのではないかと推察します。この部分で発熱していなくても、熱は回ってきているからです。(これはホンダに聞いていないので、ただの推察です)もちろん、ベンチテストや実走テストを繰り返し、熱偏在の問題や熱歪みの問題をクリアしていますので、このフィンは放熱不足もオーバークールによる他との熱差の問題もクリアしていることは間違いないです。
ただ、このエンジンは、外観の美しさにも相当なこだわりを持って設計されています。
エンジン設計の若狭さんは、バイカーズステーション誌2021年9月号のインタビューにおいて、エンジンのフォルムの手本としたモデルとして「特に往年のホンダのレーシングモデルは参考になりました。また、それ以外でも、ノートン、マチレス、ヴェロセット、BSA、トライアンフなどの旧車からも学ぶべき点が多かったですね」(p66)と言っています。伝統的なシングルエンジンの外観をオマージュしつつ、中身は最新技術で「速度域によらず、心が満たされる心地よさ」(p67)を目指して設計されており、美しさのためにフィンの設計も相当にこだわっています。
ですから、右側のカムチェーントンネル外側のフィンが機能だけでつくられたと言い切るのも間違いだと思います。外観のためというのも多分にあると思います。
同時に、美的な問題のみから鉄のフリルを追加しただけ…、と言い切ることはできないのではないかと思います。放熱の役割を「ある程度以上」は担っていると言えるのではないかと思います。
……というのが、私の現時点でのお返事となりますが、いかがでしょうか。

質問の意図に応えられているかどうかはわからないが、そもそも僕自身が動画でカムチェーントンネルについては一切しゃべっていないので、質問した方は、僕の言説に対してではなく、GB350のエンジンデザインについて、僕の動画を見て、自分の気づきを書いてくれたのだと思う。

つまり、機能とデザインの問題だ。

例えば、カワサキのZ900RSのエンジンには、空冷エンジンであるかのような冷却フィン状のものがつけられているが、これは冷却に全く用をなしていないかと言えば、わずかには寄与しているだろうけれども、水冷エンジンのZ900RSには必要のない、つまり外見をそれ風に見せるためのギミックである。
写真はカワサキのHPより引用

同じことをもっと徹底しているのが、トライアンフのボンネビルT120で、水冷エンジンなのに往年の空冷エンジンの外観を再現することに力を入れ、インジェクションが往年のアマルのキャブレターのようだ。
ここまでくると潔いというか、気持ちいい感じがするが、これもギミックだと言えばそうである。

このギミックの冷却フィン、なくても水冷でラジエター(エンジンより前、フレームダウンチューブの所に縦長にしっかりある)で冷やせるが、これだけしっかりしたフィンが全く冷却作用を持っていないと言い切ることは難しい。いくぶん、冷やしてもいるし、そのことも踏まえつつ、ラジエターの熱量や冷却水の回し方、サーモスタットの調整などもしていることだろう。バイクの設計は総合的なもので一つの要素だけでは語れないからだ。

さて、僕の動画への質問にもどろう。


上の写真がGB350のシリンダーを右側、やや前から眺めたものだ。
シリンダーの右面に縦にカムチェーントンネルが走っているのが分かるだろうか。SOHCなので上の方が太くなっていたりしない。真っ直ぐ上に伸びたでっぱりの帯のようになっている。
その分、そこの冷却フィンが薄くなっているのもわかる。

質問はこのフィンについて
Q カムチェーンの外側につけてるフィンは冷却にはほとんど寄与しないフリルでは?
というものだ。

ちょっと困ったのは、「この人、何が知りたいんだろう?」と思ったからだ。

まず、「フリル」というのは、飾りとして後から追加するものだ。
しかし、見ての通り、このフィンはエンジン全体をほぼ円形に回っているものであり、後からカムチェーントンネルのところだけ付け足したのではない。
また、回答にも書いた、「ノートン、マチレス、ヴェロセット、BSA、トライアンフ」の古いシングルエンジンのみならず、ヤマハのSRや、ホンダのXLなどもカムチェーントンネルの部分をわざわざ削ってフィンを取ったりしていない。

あえてカムチェーントンネルをデザインとして強調したのでは、例えばカワサキのエストレアなどがあるが、少数派だ。
写真出典 ヤングマシンweb版『エストレヤ ファイナルエディションの試乗インプレ』
https://young-machine.com/2018/06/10/10286/
上の写真を見ると、シリンダー左のカムチェーントンネルのカバーをデザイン化して、その分円形に回り込んでいたエンジンの冷却フィンをカットしていることがわかる。
むしろ、こちらの方がデザインとしては手が込んでいる感じだ。

話を戻そう。
質問した人の「カムチェーンの外側につけてるフィンは冷却にはほとんど寄与しないフリルでは?」といのは、何だろう?
「そうです」と言っても「違います」と言っても、答えにならない気がした。
そう、フリルかフリルでないかが問題点なのではない。

この人の質問はこういうことだろうか。
「私はマシンの美しさとは、機能美だと思っている。機能を突き詰めていった必然性のある姿は潔いし、美しくなるのではないだろうか。もしもGB350が本当に美しさを追求するのなら、カムチェーントンネルの外側に冷却の役割りをほとんど持たないフィンは刻むべきではなかったのではないだろうか。私はそう思うが、V7Yukikazeはその点、どう考えるか、聴きたい」
…これならわかる。

これだったら、僕も上記の解答内容に加えて
「質問者の言うことはよくわかるし、基本的に僕も大賛成だ。ただ、このGB350の場合は、伝統的な直立空冷単気筒エンジンの造形に敬意を払い、それらへのオマージュとして最新技術を駆使した美しいバイクをつくろうとしたのだから、このフィンが機能を邪魔しているなら批判されてしかるべきではあるが、それが機能を邪魔していない限り、認めるべきだと思う。一方で、余計なギミックを廃しながらもシンプルで機能美に溢れる、気品のあるバイクの登場を心待ちにしたいとも思う。」
と返答しただろう。

おそらく質問した人は、機能美を大切に思っている人で、「あ、GBのここはギミックじゃないか?」と思ったので、そのままコメントしたのではないだろうか。

いや、全然違うかもしれない。

何にも知らない初対面というか、対面もしていない人からのコメントはその真意を理解しようとすることはなかなか難しいものだ。
同時に、質問する場合も、自分の意図が伝わるとは限らない。
ここらへんはインターネットでのコミュニケーションの難しさだ。

しかし、せっかく質問いただいたのだから、それに答えたい。
ところが、このカムチェーントンネルの外側の冷却フィンがギミックであるかどうかは、返答コメントに書いたように、簡単にけりがつく問題ではないのだ。

実際にwebで調べたり、いろんな資料をひっくり返したりして、回答につながるものを探し回ったのだが、結局役に立ったのは『バイカーズステーション』誌のホンダエンジニアへのインタビュー記事だった。

それが質問者の疑問に答えるものだったかはまたわからないのだが
もしもバイカーズステーション誌がなかったら、今回の答えもできなかったことはまちがいない。
「GBのカムチェーントンネル外側のフィンはただのフリルか?」
という問いは、
YesかNoかで答えてはならない問いだ。
これは単純な疑問ではなく、「あのフィンは意味のない飾りだろう」という解釈が入っているからだ。しかもこれはかなり悪意のある解釈だし「フリル」は悪意のある表現だ。
この悪意に付き合ってはならない。(ご本人に悪意があるという訳ではない。結果として選んだ「フリル」という単語に悪意があるということである。)ただの見下し合戦になってしまうからだ。

GB350のデザインの実際のところは、YesかNoかの次元とは別のところにある。

その次元を見せてくれるメディアが、今、僕の回りに見当たらない。

いや、すでにバイク雑誌の定期購読はすべてやめてしまったから、あるのに気づいていないだけなのかもしれない。
しかし、web上の情報は短く分かりやすくがモットーで、さらに「面白ければいい」「見られればOK」的な質のものも大量に溢れている。また、紙媒体の雑誌でも、かつての「RIDERSCLUB」(70年代~80年代の)や「バイカーズステーション」のような、バイクのあり方そのものを深く追求していくメディアがなくなっている。
コンシューマー(消費者)として、いかに楽しく、あるいはおしゃれにバイクと暮らすかを指南するメディアはあるのだが。

このままでは、ライダーが育たない。
ライダーが育たないと、流行ればバイクに乗るだろうし、流行が終わればバイクから降りるだろうし、バイク文化はただマーケティングの対象となる消費文化となるだろう。

皮肉なことに、今やたら目に付くのは自分で「プロ」とか「ジャーナリスト」と名乗る人たちが結構いるということだ。
消費者に深く考えさせず、自分の肩書で自分を信じてフォローしてほしいが故の「プロ」「ジャーナリスト」の名乗りなら、そういう人たちにはその肩書を外してほしいと僕は思う。

プロと名乗ることの厳しさ、ジャーナリストと名乗ることの厳しさを鑑みることもなく、検証もしないであやふやな情報を垂れ流すのなら、一個人としてブロガーとか、ユーチューバーとしてやってほしいものだ。

だが、本当に今、バイクジャーナルはない状態なのか?
単に僕が見つけられていないだけではないのか?

今年は、読むべきバイク雑誌を、もう一度探してみよう。
それが電子書籍ならそれでもいい。

プロにしかできないバイクジャーナルを見せてくれ!!

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