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2020年5月14日

桜とバイクのストーリー「センセイとブルターレ」第6回(最終回)


2016/5/2
「センセイとブルターレ」第6回(最終回)

 道はやがて峠を越えた。
 県境の峠だった。
 道は島根県に入った。

 この道を下っていくと、江の川に合流する。そして、しばらく下って、少し外れたところに、めざす並木があった。
 それは、小さな桜の並木だ。
 もう30数年前、20代だった時分、若かった自分と、若かった元妻と、二人の遠出。
 CD125に二人乗りで、ここまで来たのは、デートとしてはほとんど無謀と言うべきものであった。
 しかし、妻は、たまたま本屋で見つけた写真集に乗っていたその桜を、ぜひ見たいと言ったのだった。
 里の桜はもう散っていた4月も22日。山あいのその桜なら、まだ咲いているかもしれないと佐崎が言うと、妻は、お弁当を作るから連れて行ってほしいと言った。

2020年5月13日

桜とバイクのストーリー「センセイとブルターレ」第5回

2016/5/1
「センセイとブルターレ」第5回

 中国地方の山の中の細道を、佐崎はブルターレで駆けていた。

 春の息吹は山々に満ち、木々は若芽を広げ、周囲には陽の光で温められた土の匂いが香り、雑草の若葉も、今はすべてが柔らかく、生き生きとして、生命力に満ちていた。
 1車線の細い道は簡易舗装がされただけで、時折穴があいていたり、水たまりがあったりして、ブルターレは自分の上げた水しぶきで、かなり汚れていた。
 それでも、春の息吹の中で、佐崎は、28年ぶりのツーリングを楽しんでいた。速度はごく遅く、バンク角はとても浅い。エンジン回転も3000回転以下だ。しかし、ブルターレは正確にステアし、サスペンションは悪い路面でもタイヤを路面に接地し続けていた。
 春の光が、覆いかぶさった木々の枝の間からブルターレと佐崎に注いでいた。もう少し遅かったら、木々の葉がこの道を日陰にしたことだろう。

2020年5月12日

桜とバイクのストーリー 「センセイとブルターレ」第4回


2015/5/2
「センセイとブルターレ」第4回


 4月中旬のよく晴れた日、佐崎は広島から新幹線に乗り、厚木に向かった。

 厚木のバイクショップでは、スタッフが総出で出迎えてくれた。
 佐崎のブルターレは、一年前と変わらず、真っ赤なボディと黒いエンジン、チャコールグレイのフレームで佐崎を待っていた。
 佐崎は改めてそのバイクをしげしげと眺めた。1年間、時々出した手紙の返事に、必ず新しく撮影した佐崎のブルターレの写真を、スタッフは送って来てくれていた。それでも、写真で見るのと実際に見るのとでは全然違った。実際の方がはるかに美しく、佐崎の心をとらえた。

2020年5月11日

桜とバイクのストーリー 「センセイとブルターレ」第3回


2015/5/2
「センセイとブルターレ」 第3回


 広島に帰ると、佐崎は自宅近くの大きなバイク屋へ行き、125ccのオフロードバイクと、ヘルメットと、グローブを買った。バイクはカワサキのKLX125というものだった。

 退職して暇になり、離婚して一人になり、季節は春。桜は咲き、散って暖かくなっていった。

2020年5月10日

桜とバイクのストーリー 「センセイとブルターレ」第2回


2017/05/15
「センセイとブルターレ」第2回

そのバイクショップの中は、広く、きれいだった。
 きれいな赤いツナギを着たスタッフがにこやかに出迎えてくれた。3,4人のスタッフがいて、バイクがきれいに並べられ、奥には工場スペースがあるらしかった。カウンターには、2、3人の客が座り、静かに話していた。
 …おしゃれなブランド服屋みたいだな。
 全くバイク屋らしくない佇まいに佐崎は驚いた。そのまま所在無いままに陳列されているバイクの中を歩き、一台一台を眺めた。
 どれもみな、驚くほどに美しかった。…バイクって、こんなんだったか。自分だけが過去の世界から迷い込んだような気がするほどに、そのバイクショップはきれいで、置いてあるバイクはみな知らないものばかりで、佐崎の視線を跳ね返すほどに輝いていた。佐崎はまぶしさにいたたまれないように、目を上げ、バイクから視線を外して、遠くを見るようにした。

2020年5月9日

桜とバイクのストーリー。「センセイとブルターレ」第1回


北海道の桜前線も、根室まで到達し、日本の桜の季節も、もう終わろうとしています。
でも、本州でも山里や、山の中の一本桜などは、まだ花を点けている時期かもしれません。
2014/5/4 札幌市南区

今回はまた、以前のブログで書いたストーリーから連載で紹介いたします。
桜とバイクのストーリー、「センセイとブルターレ」、第1回。どうぞ。

2020年5月6日

1980年代のバイクテイストをどうぞ。「Why 'M' rides a motorcycle」

「1980年代のバイクテイストをどうぞ。」
私、樹生和人がバイクに乗り出したのは、当時としては少し遅めの22歳の時。
最初のバイクは原付のDT50でした。
私には、バイクの先輩と呼べる人が二人いました。
Y先輩と、同級のM。
このお話は、以前のブログにも書いた、Mと雨の夜に走った思い出です。
今風に言えば、”Why M rides a motorcycle”=Mがバイクに乗るわけ です。
どうぞ。

2020年5月5日

1980年代のバイクテイストをどうぞ。「月と川音(3)」

「月と川音」第3回 (最終回)

しばらくもしないうちに川の向こう岸の街の灯が切れて、
夜の闇が回りを支配してる感じになった。
暗い中でライトに照らされた所だけが白く明るく光って。
道はもうセンターラインもない細い道になってた。

先輩は速度を落とさない。
暗い闇の中から、突然景色がライトの輪の中心に現れて、あっという間に輪の外側に消えていく。
次々に輪の中心に新しいものが現れる。
木々の葉、道路の標識、カーブしてる道のガードレール。
速送りの白黒映画を見てるみたいだった。
狭い道で登ったり下ったり、右に傾いたり、左に傾いたり、景色の流れは相当速いんだろうけど、揺れはゆりかごみたいに感じた。
風切りのゴーっていう音と、バイクの音しか聞こえない。
なんだか地上じゃなくて別世界に来ているみたいな感じだった。

2020年5月4日

1980年代のバイクテイストをどうぞ。「月と川音(2)」

「月と川音」第2回

先輩の後ろに乗って、私ははじめてのバイクにどきどきしていた。
最初は、先輩のアパートの前の小路をゆっくり走っただけなんだけど、何だか遊園地の新しいマシンに乗ったみたいな感じで、どうなるんだろうってドキドキ感があった。
大きな通りに出る前の信号で停まって、先輩が声をかけてきた。
「井上、怖くないか」
「大丈夫です」
ヘルメット越しだし、バイクのエンジン音がしてるから、顔と顔の距離は近いのに、バイクって大声で話すんだ…。
そんなことにも驚いてた。

2020年5月3日

1980年代のバイクテイストをどうぞ。「月と川音(1)」

どうしてバイクに乗るのかなんて、そんな理由は、もう要らなくなった。
走る自分が自分になって、もう35年以上過ぎた。
でも、時に、僕は思い出そうとする。
バイクで走ることの意味を。
僕は結局、1980年代の、あの若い時から、一歩も進んでいないのかもしれない。
でも、僕は、自分のそんなところだけは、誰に認めてもらえなくても、好きなのだ。
僕が僕であること。
それを愛せるなら、どんな時でも生きていける。
そう信じていた、1980年代。
自分を愛することが、ありのままの自分を感じて、受け止めることが
何よりも難しく、つらかった。
それは実は今も変わっていないのかもしれない。

10年くらい前に書いた、1980年代が舞台のバイクストーリー。
前のブログに上げていたものですが、もう一度、UPしたいと思います。

「I'm a Rider.」

ライダーの誇りを、胸に、僕等は走った。

「月と川音」 3回シリーズ、第1回。

2019年9月4日

「 △ ◇ 〇 」(3) 鉄龍馬の咆哮

「副編集長、ちょっといいですか?」
「何だ?」
「レンタカー移動にGTRは注ぎ込み過ぎでしょう。経費で落ちませんよ。」
「大丈夫だ、俺は副編で、編集長から許諾は得てる」
「で、どこ行くんですか?」
「新ひだか町の赤木牧場だ。だが、ちょっと寄る所がある。まず札幌へ行く」

2019年9月3日

「 △ ◇ 〇 」(2) 脱兎のごとく

5月になった。
あのくだらない「赤い彗星」騒ぎは、ひと月ほどネットで騒がれ、一部TVのワイドショーが適当に取り上げたりもしたが、そのうち忘れられた。
2週間ほどは、都市伝説を面白がる輩が、あっちこっちでまた出ただの、首都高を巡回してただの、いや、○○市のファミレス前に止まってただの、やっていたが、飽きたのだろう。そのうち、上げる奴も少なくなり、動画の視聴回数も伸びなくなるとなると、急速に話題からも外れ、たまに動画が上がっても、誰も見向きもしなくなった。
「木内、ちょっといいか」
今日のちょっといいかは副編だ。これは、編集長よりやっかいな話が多い。
「はい。なんすか」
「お前、ウサギに興味あるか」

2019年9月2日

「 △ ◇ 〇 」(1) 赤い彗星

「木内、ちょっとといいか」
 編集長のちょっといいかは、やっかいごとの始まりだ。
「ハイ。なんすか?」
「お前、バイク詳しかったな」
「いや、詳しいというほどでもないですけど」
「赤い彗星、聞いたか?」
「は?」
「赤い彗星の話は、お前の所へ届いているか」
「…あの、ガンダムとか、興味ないんで」
「そうじゃない、じゃ、聞いてないんだな」
 口をはさんだのは副編だ。
「……何の話ですか」
「今、ネットのごく一部で騒然となってる。1月1日の深夜から2日早朝にかけて、赤い彗星が出たんじゃないかってな。」

2017年10月25日

約束。6

午後5時。帯広駅に白井と中谷の姿があった。
札幌から来る特急が帯広駅に停まる。
改札をくぐる人たち。
やがて曳地が現れ、そして広田が改札をくぐってきた。
「ひさしぶり。」
「10年ぶりね。」
「変わらないなあ」
「少しやせたよな」

2017年10月19日

約束。5


2017年8月。10年毎に集まる約束の、北海道開陽台。その30年目の年。
果たして、仲間たちはたどり着けるのか。「約束」ツーリングが始まる。
約束1
約束2
約束3
約束4
そして、第5回。

2017年8月30日

約束。4

2017/8/10 8:56
8月10日。8月6日の約束の日からは4日が過ぎている。
しかし、30年目の約束は、今日から始まる。
中谷は、ギシギシいう感じの腰から背中にかけてと少し来ている頭痛に少しの不安を覚えながら、朝からバイクの整備をした。夕べはとてもできなかったのだ。仕事と、疲れで。

2017年8月29日

約束。3

曳地、広田、白井、正木、中谷。
2017年8月に北海道開陽台に集まろうとした5人。正木が参加不可能になり、残りのメンバーも約束の8月6日は不可能。なんとか10日~12日で日程を組みなおして、話を進めていた。
一番参加が難しいと思われたのは、曳地だった。

2017年8月28日

約束。2

古ぼけたキーホルダー。
下のものは、1997年に作った。2007年に会おうと。
中のものと、上のものは、2007年に作った。10年後、2017年に会おうと。
上のものは曳地のもの。10年使い続けて、いい感じになっている。
中のものは、使わずに保管していたものを中谷が持参した。
(ここからは、フィクションです。)

2017年3月29日

「田中さんのV7classic」(8下)

「あらあら、お帰りなさい、中に入らないの?」
またもや田中さんの奥さんだ。もうあきれた…という顔をしている。
「ただいま帰りました。」函崎さんがにっこり笑って言い、
「じゃあ、入りましょうか。」田中さんがやっぱり笑って言った。
田中さんは、函崎さんからV7を受け取って、すっと押しながら、奥さんが開けている扉から中に入り、僕たちも続いた。
(作品中に出てくる名称はすべて架空のものであり、実在のショップ、メーカー等とは一切関係ありません。)

2017年3月15日

「田中さんのV7classic」(8上)

函崎さんは跨ったまま、ヘルメットをかぶったままで、一声、
「いいです。」と言った。
それからサイドスタンドにV7を預けると、ひらりとシートをまたぎ越して下車した。
グローブを取り、ヘルメットを脱ぐと、少し上気してさっきよりさらにきれいに見える函崎さんの笑顔があった。

(作品中に出てくる名称はすべて架空のものであり、実在のショップ、メーカー等とは一切関係ありません。)