実は、80年代当時、旋回状態では、各ライダーにフォームの違いこそあれ、その方法論には、それほど大きな差異があるわけではありません。当時の2stエンジン、シャシー、タイヤ性能の組み合わせでは、旋回時はいかにリラックスして余計なストレスを車体やタイヤに掛けず、両輪のグリップを生かして旋回するかにほぼすべてが掛かっていたからです。
【注意!!】
今回のライディング解析は、樹生のまったくのオリジナルです。したがって、間違っている可能性があります。(いや、その可能性が高いというべきでしょう。)
読者の皆様は私の言葉をうのみにせず、批判的にお読み下るよう、お願いします。
上の写真のローソン、レバーに指はかかっていますが、ブレーキは解放。まさに解放の瞬間というところでしょうか。
両手のグリップの握り方を見ると、ハンドルレバーがかなり絞り角がついていて、かつ、垂れ角もついている状態で、比較的斜めではなく、まっすぐ握っている状態です。若干肘だけが外側から来る感じ、そしてその外側に荷重域がある、A2タイプの特徴を出しています。
注目したいのは、外側、左手の握り方で、レバーに指を掛けず、浅めでまっすぐ、小指側で握る感じがよく出ています。
全身的には減速Gとして前に掛かっていた荷重が減速終了とシンクロして、マシンごと倒れ込み、旋回Gに代わって行ったところ、ライダーの体重が遠心力としてマシンに荷重されていくバランスです。体の位置、姿勢、入力などで、自分の重心をどこに置き、マシンの前後タイヤにどれくらいのバランスで荷重を掛けていくか、その局面です。
この写真は最初の写真よりも少し加速寄りに移行した局面。
ハンドルの絞り角が大きいのがわかります。
それにしても、全身から無駄な力が抜けた美しいフォームです。
写真上から断言はできませんが、若干、リヤが外に出ています。つまり、ここでも微細に両輪がスライドし、そのスライド量を若干リヤが大きくなるようにコントロールしているということになります。
タイヤのエッジグリップを使いながら、その限界域のブレークしかけたところを絶妙にキープする、派手さの全くない、しかし、もっとも効率よい、タイヤにやさしい旋回を実現しようとしています。
そう、それは、現在、ホルヘ・ロレンソ選手が最も得意とする技術です。
ホルヘ・ロレンソ選手がコーナリングの旋回速度においては世界随一であることは、誰も異論はないでしょう。旋回速度さえ早ければサーキットのラップタイムで最速になるとは限らない。たとえばホンダは別の方法論でタイムを削っています。
ロレンソ選手の最速ぶりは、誰も真似できないほどの精確さ、精密さにおいて、タイヤのグリップを最大限生かし、マシン自身の持っている旋回性能を限界まで引き出して旋回していくことにその神髄があります。
それは、実はステディ・エデイと言われたローソン選手の方法論の、現在版なのです。
二人の旋回を正面からみたところです。
フォームも、バンク角もあまりに違う二人ですが、スライドを多用せず、滑らかに滑る程度に抑え、(スリップ率が20%の時、グリップは最大だと言われています。)エッジグリップを最大限に生かすように自分の身体を使って荷重ポイントを決めていく点、手先、足先の全身との関連での使い方などは、共通点がとても多いことに気づきます。
ちなみに、この写真のローソンは旋回加速でだいぶマシンを起こしてきている状態にあります。コーナリングもかなり後半。フロントフォークは伸びてきていますね。ローソンのライディングの特徴は、いつ、何をしたか、パッと見ではわかならないところにあります。アクセルが開かれ、両輪に掛かっていた荷重は、加速によってリヤに集中するようになっています。ほとんど体を動かさないように見えても、最も適切な荷重ポイントに自分の体重をかけ続けていくのがステディ・ローソンの真骨頂なのです。
ここでも二人の「身体の使い方」は似ています。
上体を沈めように肩から入るのがエディーの師匠、ケニー・ロバーツのフォーム(B2タイプ)。
対してローソンは、背骨が中心というよりは、左肩と左側股関節を結ぶ線に軸があるように、あまり上体をくねらせず、イン側へ伸びあがるような感じで旋回しています。それは、ロレンソ選手もまた同じです。
しかし、このロレンソ選手の写真で驚異的なのは(エディーから離れてしまいますが。)、フロントタイヤの接地面と、もう一つ、ステアリングがイン側に切られていることです。
(これは自然舵角ではありません。両輪が微かにスライドしているこの状態では、自然舵角はゼロかマイナスになります。)
フロントフェンダーとカウルがほとんど接触していること、ブレーキホースの曲がり方などから、フロントサスはフルボトムしていることがわかります。
これだけの旋回荷重を掛けつつ、このバンク角、タイヤの接地点はトレッドの端というよりも、もう、本当にトレッドの角、エッジに乗っていることがわかります。
バンク角は写真からほぼ60°、(超)単純に考えると、この時の重力と遠心力の比は、1:√3。
つまり、車重の1.732倍の荷重がタイヤエッジに、外側へ向かってかかっていることになります。
それに耐えるグリップ力、タイヤのケージング、その状態を維持するバランス感覚だけでも想像を絶するようですが、ここで、ロレンソ選手はハンドルを微かにイン側に切っています。
ただでさえ、限界グリップで旋回しているのに、余計なストレスをタイヤに掛けると、そのままグリップを失って転倒の可能性が非常に高い。
しかも、普通、このシーンでは、両輪が同時に滑らかにスライドし、若干リヤの方が外へ出て、ハンドルはゼロカウンター(直進状態)か、わずかに逆ハン状態になるのが普通です。
参考までに、マルク・マルケス選手のフルバンク旋回の写真ですが、かすかに逆ハン状態になっているのがわかります。
ダートトラックでも、アスファルトリンクでも、スライド時はこうなるのが普通です。
しかし、ロレンソ選手は、イン側に切っている。もう一度同じ写真を。
フルバンク時にハンドルをイン側に切るとどうなるか。(決して真似してはいけません!)
タイヤの接地点は前方に移動、マシンはやや起き上がろうとし、フロントのグリップ力が落ちるように感じられます。そう、よく見るフロントからスリップダウンする転倒では、フロントが切れ込んで(つまりイン側に切れて)グリップを失い、そのままスリップダウンしています。
ロレンソ選手は、フルバンクから上体をイン側前方へ伸ばしてフロント荷重を増やし、微かにイン側に切ってハンドルを直進保持している状態よりもイン側へ向け、フロントの内向力をさらに高めようとしています。おそらくこれは、常にフルトラクションで走るリヤタイヤのグリップをレース終盤まで持たせるための戦略でもあります。
でも、このイン切り、転倒の危険ともう一つ、イン切りの結果、プッシュアンダーになってかえって曲がらなくなる危険性も非常に大きいという、かなりリスキーな方法論です。
その危険のすぐ隣で、マシンを立て気味にすることで(それでも60°)ライダーの体重をもっとイン側へかけ、リヤのスライドを最小限にしつつ、エッジグリップの限界ギリギリで旋回していきます。
逆ハン気味になると、接地面は後ろに移動し、マシンは寝てきます。それでは転倒してしまうため、マシンを起こしてスライドコントロールしながら旋回していくことになります。(マルケス)
ハイスピードで相手のイン側に突っ込むことで追い抜き、デッドスピードが少し落ちてもスライドしつつ早くマシンの向きを変え、加速していくことで相手に抜き返させない。――マルケスのライディングがこれです。
対してロレンソは、トータルでの最速ラップを目指す。
職人的、求道者的ライディングです。
おっと、ロレンソに紙幅を費やしすぎました。
ローソンの立ち上がりを見てみましょう。
1990年、鈴鹿8耐で優勝したときのローソンです。
右の太ももからシートエッジを通して体重が加速Gによって、リヤタイヤのイン側に集中してかかる。
コーナリングからそのまま流れるようにして、荷重移動を自然に行い、立ち上がり加速へ。
ここでは、さっきのフルバンクよりもリヤのスライドは大きくなっています。(もちろん、滑らかに、少しずつ滑らせていますが。)
スライド前提でなければ、マシンの向きと、これから先のコース、縁石の状態、ローソンの視線の先とのつじつまがあいませんね。滑らかにリヤを少しずつ外へ出して、最大限の推進力も得ながら、向きを変えていき、アウト側の縁石の傾斜をキックするようにして最後の立ち上がりを決める。
そういうライディングです。
ここでもローソンのフロントタイヤはイン側に非常に微かに切れています。
そう、やっていることはさっきのロレンソ選手と同じことです。
それをフルバンクでやるのがロレンソのすごいところ、しかし、ローソン現役当時のタイヤ、シャシーではそれは不可能、ロレンソとて、最新電子制御を駆使して初めて可能となった業です。
その原型はすでに、90年のローソンのライディングにも、見出すことができるのです。
【注意!!】
今回のライディング解析は、樹生のまったくのオリジナルです。したがって、間違っている可能性があります。(いや、その可能性が高いというべきでしょう。)
読者の皆様は私の言葉をうのみにせず、批判的にお読み下るよう、お願いします。
【注意!】
フルバンク時にハンドルを切る動作は、絶対にマネしてはいけません。素人がやると、まちがいなく転倒するか、対向車線や路外に飛び出すことになります。
バンク時にハンドルを増し切りすると車体は起き、逆ハン方向に切ると、車体は寝ます。この現象を試したいときには、安全な広い場所などで、低い速度(30km以下)、浅いバンク角(15度くらい)で、穏やかに試すと体感できます。オンオフ、車種問わず、共通して起こる現象です。
絶対に公道上で通常走行時に試さないでください。自分が危険なだけでなく、罪のない周囲を危険に巻き込み、場合によっては相手を死傷させる可能性もあります。
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