函崎さんは跨ったまま、ヘルメットをかぶったままで、一声、
「いいです。」と言った。
それからサイドスタンドにV7を預けると、ひらりとシートをまたぎ越して下車した。
グローブを取り、ヘルメットを脱ぐと、少し上気してさっきよりさらにきれいに見える函崎さんの笑顔があった。
(作品中に出てくる名称はすべて架空のものであり、実在のショップ、メーカー等とは一切関係ありません。)
「とてもいいです。しっとりしていて、とても素直です。」
函崎さんは、左手でヘルメットを抱えたまま、グローブをまとめて持った右手でタンクをなでながら言った。
「角はどうでしたか?」
田中さんが訊く。
「歩く速さからでも、緊張しないで曲がれます。自然に来てくれて、速すぎたり、遅すぎたりしません。とても楽でした。」
「一時停止は?」
「動きに角がなく、停まって、発進できます。クラッチも殆ど気をつかいませんし、つながりの途中もよくわかります。感動しました、このクラッチ。」
「発信のシフトはどうですか。」
「前は、クラッチ切ってから2秒で無音で、1秒だとショックが出たんですが、今日は1秒しなくても無音で入りました。でも、さすがに同時だとちょっとコツっときますね。」
「それは、田中さん、わざと残したでしょう?」また、僕は口をはさんでしまう。
「きっとそうだと思いました。」函崎さんがV7をみたまま言う。
「クランクは少し軽くなっているはずなのに、ねばりは増しています。でも吹けは遅くなっていませんでした。」
「力出ていましたか?」
「力というよりも、開けるとその分だけ正確に前へ出ます。力が来てからどんと加速するのではなくて、開けた分の加速を通して力が来ていることを感じるみたいです」
「これも狙い通りですか?」
「……。今のところは、上手くいっているようですが……。本屋服屋のS字はどうでしたか」
「本屋さんのS字は、少し速めに、ただ流してみました。切り返しもだら~っとしてみたのですが、バンク角と進路とが正確に同調している感じで、怖くなく走れます。ためてどん、として舵角を入れるタイプではないですね。」
「服屋S字はどうでした?」
「こちらは切り返しで一気を試してみました。とても素早いです。ミスしてタイミングと方向がずれると、ミスに比例してやりにくくなりますが、それでも懐はかなり深くて、訂正できます。タイミングが合うと、スイッチのように、右から左へとバンクを切り替えることもできました。力づくはだめですね。無理に力でねじ伏せようとすると、車体が変にひねられて嫌そうにします。かえって遅くなります。」
「今までと少し違いますか?」
「いえ、基本は変わらないんですね。同じ感覚です。でも懐が深くなって、ぴったり合った時の切れ味が格段に鋭くなっていました。」
「ブレーキはどうでしたか?」
「大型で重いオーディオアンプのボリュームつまみを回すように、レバーを引く力分だけ滑らかに確実に制動力は増し、緩めた分だけ正確に制動力を緩くします。前からそうでしたけれど、なんだか精度が10倍とか20倍とかに上がったようです。とても気持ちよくブレーキングできました。位置依存と圧依存の中間というか、両方の特性を併せ持った感じですね。完全開放の手前にある緩やかにブレーキが利く領域が、狭いのにしっかりつないでいて、とてもいいです。」
「あらあら、お帰りなさい、中に入らないの?」
またもや田中さんの奥さんだ。もうあきれた…という顔をしている。
(つづく)
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