2017年3月4日

「田中さんのV7classic」(3)

「こんにちは。」
田中さんの手がけたV7classicのオーナーだというその人は、軽やかな声で挨拶して入ってきた。
女性だった。
「こんにちは。できてますよ。」
田中さんが答えた。

その人は、僕が今まで直接会った中では、一番きれいな人だったかもしれない。
初めて会う人に、そんな視点でしか見ないのは、とても失礼なのは承知している。
でも、僕はその人のあまりのきれいさに驚いた。
伸長は170㎝以上あると思われた。女性としては高い。
すらっとした長身にとても均整の取れた体つき。
年齢は…30歳くらいだろうか。
髪はショートで、やはり均整の取れた顔。
彫刻のような美しさがあり、でも、冷たいというのではなく、
田中さんに挨拶して微笑んだその笑顔は、とてもチャーミングで、愛嬌があった。
ブルージーンに白のジャケット、足元はショートブーツ。
ライディングウェアだが、ヘルメットは持っていない。
小型のショルダーバッグをたすき掛けにしていた。

こんなにきれいな人は、僕は知らない。
でも決して派手なわけでも、ものすごいオーラが出ているわけでもない。
凛とした美しさは、そう、目の前のV7classicと同じだった。
どこか寂しそうな感じがするのも。

一目みた瞬間に、僕がこの女性がV7のオーナーだということに納得した。
彼女以外にありえない。
そんな感じだったのだ。

「ありがとうございました。いろいろ無理言ってすみません。」
彼女はにこやかに田中さんに礼を言って、田中さんの横にいる僕に会釈した。
僕も軽く会釈で返す。

写真はノーマルのV7classic。出典はMOTOGUZZIのHPから。

「函崎(かんざき)さん、こちら、佐藤さん。いつも話している、バイクの修理系の雑誌作ってる人です。あなたのV7、とても興味が湧いたみたいで。一緒に見てもらっていいですか?」
田中さんが言った。
函崎と呼ばれた彼女は、ちょっと驚いた表情をしたが、すぐに笑顔になって言った。
「…いいですよ。」
そして僕の方を向いて改めてお辞儀をした。
「函崎です。お話はいつも佐藤さんからうかがっています。」
どんな話をしているんだ…、と僕は少しどきまぎした。僕もお辞儀を返して言った。
「佐藤です。すみません。あの、許可なく記事にしたり、写真を撮ったりは決してしません。見せてもらってもいいでしょうか。」
「はい。どうぞ。」
「ありがとうございます。でも、そんなすぐに信用してもらっていいんですか?」
「田中さんが大丈夫だというのなら、大丈夫だと思います。それに、田中さんからよくお話は伺っていましたから。」
話し方も、声も、やはり凛としている。でも、そんなに力が入っているわけでもない。
不思議な感じのする人だ。
「田中さん、どんな話をしてたんですか?」
僕は田中さんに訊いた。
「いや、普通の話ですよ。佐藤さんのモンスターの話とか。佐藤さんの雑誌の話とか。」
「とても誠実な方だって、おっしゃってました。」
「えっ…?」
「まあ、それはおいといて…、さて、ご説明しましょう。函崎さん、カバンと上着をお預かりしましょうか。珈琲はいかがですか。」
「ありがとうございます。ではバッグとジャケットを…。それから、先にご説明を聞きたいです。」
「はい。では、こちらにどうぞ。」
…と話していたら、田中さんの奥さんが奥から顔を出した。
「あ、函崎さん、いらっしゃいませ。佐藤さんもいたのね。珈琲入れましょうか」
「後からでいいそうだよ。今から説明するから。」
「あら、じゃあ今から淹れましょう。そこで説明するんでしょ?飲んでいただきながらにしましょう。」
「ああ、奥さんすみません。」僕はつい口をはさんでしまう。
「いえ、いえ。函崎さん、ではこちらお預かりしますね。あとでヘルメットとご一緒にお渡しします。」
「では、下ろしましょうか」
田中さんはそういうと、奥の車台に向かった。奥さんは函崎さんの荷物をカウンターの後ろへしまい、店の手前のスペースにある格納式リフトの前にテーブル席を用意し、僕らに薦めた。
ゆっくりと奥の車台が降りて、V7が床の上に下りてきた。
田中さんはしずかに押して、テーブル席の前に運んだ。
それだけでも、すーっと運ばれてくるその様子に、相当上質に組んであることが感じられた。

田中さんがバイクを扱う様子は、いつみてもほれぼれする。
手際がよくて、迷いがない。迷いがないのは、迷いそうなときは予めよく考え、慎重にすべき点を押さえて、そこをとても丁寧にするからだ。
そのメリハリが見ていて美しい。
その工具の扱いは、また芸術的だ。
そして、田中さんは工具を一回一回所定の場所に必ず返す。
だから最も頻繁に使う工具は小型のカートに乗せられていて、
カートは作業時、田中さんの体の左後ろに停められ、すぐに取り出し、収められるようになっている。
車台の下の引き出しには、それぞれの車台に同じ工具が同じ位置に置かれている。
美容室や理容室のような感じもする、独特の工房なのだ。
いつもつなぎを着ているが、これが汚れていない。きれいなオフホワイトの綿の色だ。

田中さんはいつもの動きで、V7classicを運んできたが、35年付き合っている僕には、どんなマシンでも同じように丁寧に素早く、力強く扱う田中さんが、やはりこのマシンだけは何か特別に扱っているようにも感じた。
それは、僕がオーナーの函崎という女性の美しさに少々やられたからそう見えてしまうのかもしれないが、ことバイクに関しては、僕もそんなことで目が曇るとは自分でも思えなかった。

どんなマシンなんだろう。
僕は、いろいろ想像しながら、田中さんオーナーの会話を楽しみにしていた。
(つづく)

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