2017年3月9日

「田中さんのV7classic」(5下)

「この塗装は、タンクやフェンダーなどもそうですか?」 
僕が訊いた。
「フレームだけ新しく塗ると、浮いてしまいますし、この際、外装系も再塗装をお願いしました。」
「タンクは樹脂製ですか?」
「いや、これはV7ストーンのタンクを元に、底面を加工しています。鉄製ですが、クラシックの形状にして、2008年型と同じ塗装をお願いしました。」
(作品中に出てくる名称はすべて架空のものであり、実在のショップ、メーカー等とは一切関係ありません。)

写真はV7Special。

「リヤのフェンダー、少し厚みというか、上下幅が狭くなっているようですが。」
「これもノーマルを加工しようと思ったのですが、カーボンで作ってもそんなに手間は変わらないので、そうしました。」
「ウィンカーのレンズはオレンジなんですね。」
「これは函崎さんのリクエストです。」
「クリアレンズ、嫌いなんですか?」
僕は函崎さんに訊いてみた。若い人はクリアレンズに慣れていて、あまりオレンジを好まないと思ったからだ。

「いえ、なんとなくなんですけど、透明な奥に小さく色の目があるって、どこか爬虫類的で怖い感じがして、苦手なんです。」
「なるほど。」
そういう感じか。僕は思った。

「サイドカバーは形状もそのままなので、ノーマルを再塗装したのみです。バッテリーも純正のものを新品にしたのみです。電装系のリレーやケーブルは、全バラしたので、ついでに全部やり換えました。」
「信頼性の向上ですか?」
「最近のモトグッツィは電気系も十分信頼できますけど、まあ、保険みたいなものですね。これは日本製バイクでもやります。」

「シートはノーマルですか。ほんのわずか段差が緩くなっているようにも思えますが…」

「シートには、ポジション決定と、座り心地と、動きやすさ、お尻のグリップ感、足つき性など、さまざまな要素が絡みます。まず、シートとステップの位置をモーターサイクルの重心や乗り手の体格、動的バンク角などさまざまな要素から決めます。
 V7classicの場合、ノーマル位置はかなり前なので、90mmほど後ろに下げました。これでステップ上にそのまま立ち上がってまた座る…という動作が、運転中でもどこにも無理な力をかけずに行えるポジションになっています。」
「バックステップには見えない仕上がりですね。ペグの可倒式のノーマルでしょう?」
「そうです。日常的にも使いますので、ラバーのかかった踏面の方がいろんな意味でいいです。」ただ位置は換えていますし、ブレーキ、シフトのレバー、リンクもできる限りフリクションがないように組んであります。」
「まるでこのまま純正のようですね。後ろに下げただけでアップはしていないのですか。」
「いえ、函崎さんの体格に合わせてアップもしています。スポーツライドも、何日間にもわたる長距離ツーリングにも使う方ですので、極端にならぬよう、ベストな位置をさがしています。」
「シートの話はどうなりました?」
「シートは、べ―スがノーマルですが、ウレタンの張り込みから変わっています。函崎さんに合わせ、かつ、車体の上で動きやすいように、また、長時間のライドでも快適で疲れしらずになるように、作ってもらいました。これは山形さんに頼みました。」
「ハンドルバーも純正のように見えて、少し絞っていますよね。」
「そうです。クロームメッキのスチールバーなのは変えていません。これは手に細かい振動が来ないようにするためで、実はバーエンドのウェイトも、ノーマルの形状に見えますが、内側へ少し伸びていて、重さも重くなっています。ここで不快な振動を一切押さえたいと思いました。」
「絞っているのは分かりますが、幅も少し狭いのですか?」
「これも函崎さんに合わせ、しかも、流す時や、飛ばす時のこともすべて考えて、ここだというポジションを先に決め、それからパイプをまげてもらい、メッキをかけてもらって作成しました。チョットした違いですが、市販のどのハンドルとも違う、函崎さんのためだけのハンドルバーです。」
写真はV7stoneⅡ.出典はMOTOGUZZIのHPより。

「なるほどなあ…」
ほかにもいろいろ聞きたいことはあった。ヘッドライトのカットレンズのこと、スロットル開度のこと、バッグこていのためのフックのこと…でもきりがない。いつまでもオーナーの函崎さんを差し置いて、話し込んでいいはずもなかった。

「さて、では函崎さん、お待たせしました。ちょっとテストに走ってきていただけますか。」
田中さんが言うと、田中さんの奥さんがカウンターの奥からジャケットと、ヘルメットを持ってきた。

アライのヘルメットだった。
函崎さんは、笑って立ち上がると、ジャケットを来て前を締め、同じく奥さんの渡したグローブを受け取り、ヘルメットをかぶった。
「表に出しましょう。」
田中さんは言うと、下ろしたままの収納式リフトの上に乗っている函崎さんのV7classicを押して、店の前の駐車スペースへ押していった。
その動きがとても軽い。軽いが軽薄でなく、しっとりしている。
少し見えたが、サイドスタンドもどうやらオリジナルになっているようだ。

函崎さんに続いて、僕もV7を追いかけるような感じで、田中さんの店の表へ出た。
(つづく)

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