2015年2月18日

classic「 8」


ヴィラ雨畑を出発して南へ。
彼女を後に、僕は一人で走り始めていた。

発電所を過ぎると、少し走ったところで、道は「井川雨畑林道」となる。
狭い1~1,5車線の舗装路だ。

蛇行する雨畑川に沿って、山あいを南へうねりながら登って行く。
最初は谷の底もある程度の広さを持っているが、次第にその幅は狭まり、左右が高い山に挟まれた、とても深いV字谷の底になっていく。

道の右側、「見神の滝」と呼ばれる、両岸のどこまでも高い山の断崖を落ちる滝の前を通過する。
道は次第に川よりも高いところを走り始める。

地形にそって、忙しく右に、左に、細かいカーブを曲がっていく。

GSRには、細かすぎる道だ。
それでも僕のGSRは、快調に南下を続けていた。


交通量はその時は皆無だった。

それでも速度を落とし、ブラインドの向こうの対向車や、もしかしたら誰か歩いている人、または、道の上の落下物などを想定し、慎重に走る。

それでもこうした道でリズムを取りながら走るのは、楽しい。
カーブでもバンク角はできるだけ浅くし、十分速度を落として、フロントタイヤに荷重をかけすぎないように、フロントタイヤのグリップに頼ってごりっと曲がったりしないように、少しリヤ乗り気味に走って行く。
直線で減速を終えるのはもちろんだ。
ブレーキをあえて残すのは、ふらつきを押さえるため。
カーブの出口が見えたら、それでもアクセルを開けて、バイクを立ち上がらせながら加速していく。

道はさらに狭く、崖を削って作った道の水平面は落ち葉や小石が落ちていて、道の法面もコンクリートや剥き出しの岩、など、かなりヘビーな雰囲気がし出してきた。

すでに、室草里の集落は通過し、本当の山深さが周囲を包み、人間とバイクがその中を走り続けていることが、あまりにちっぽけな感じがし始めていた。

自分が少し、この自然の中で一人ぽっちでいることに怖さを感じ始めていることを自覚した時、僕はやっと思い出した。

さっきのV7の女性、どうしたろうか。

ミラーを覗き込むと、写っていた。
僕の100mほど後方、バイクの小さな影が揺れている。丸目のネイキッド。
見た感じはさっきの彼女だ。

追いついてきていたのだ。

なんだか、ほっとしながら、僕はGSRを走らせた。

道は舗装も荒れてひどい状態になったかと思うと、道幅は狭いものの、真新しいアスファルトを見せてきれいな路面になったりもした。

彼女は、僕の50mくらい後方まで近づいてきたが、それから車間を詰めてはこない。

今日は晴れて風もなく、冬枯れの山々の木々がほうきのように見え、ずっと向こうの山の頂の方には白い雪が見えていた。

空気は冷たく、凛として、防寒をしっかりしていると、気持ちいいくらいに感じられた。
もちろん徐々に冷えてきているのはそうなのだが、深い深い山と眼下の雨畑川の川音、GSRのエンジン音、それらに包まれて、不思議な感覚になるのだった。

彼女を確認してからも、僕は自分のペースを守り続けた。
僕として、安全を確保できるペース、それでも、リズムを取れるペース。
開けるところは開けて加速したり、気色が急に開けたり、崖のガードレールの遥か下に川が見える場所などは、徐行してステップに立ち上がり、景色を見たりもした。
それでも止まることなく、僕は走り続けた。

彼女は、僕の50mから20mくらい後ろを、走っていた。
二人の車間距離が伸びたり縮んだりするのは、僕がペースを変えたり、彼女が徐行して景色を眺めたりするためだった。
彼女は、僕の後ろを走りながらも、僕にただ追随して走っているのではなかった。


あと2週間もすれば、この道は雪に覆われるかもしれない。
周りの景色は、冬籠りに入るのかもしれない。

秋が終わり、冬がはっきりと訪れて、それでもまだ少し、僕らライダーに、気色の中にまで入り込む猶予を与えてくれているような、そんな風景だった。

青い寒空の下、僕らは走っていた。

前方の山、高いところに道が通っているのが見える。
あんなところを通るのか。

細い道のダンスは続いていた。

正面の山。たぶん山伏山だと思うのだが、その頂からズドーンと下ってきたその壁に当たるところで、道は急激に左に折れ曲がって山の斜面を岸壁にへばりついたまま登り始めるのだった。

そのどん詰まりのカーブのところで、僕はGSRを停めた。

すると、後ろを走っていたV7の女性も、僕の後ろにつけてV7クラシックを停めた。

いままでのくねくね走行、距離は20km程度だが、荒れた路面、路肩の下のがけ、小石や落ち葉、先の見えないカーブなどの連続で、少し神経と筋肉が疲れていた。

今から山肌をよじ登る前に、少し休んでリフレッシュしたかった。

僕はギヤをローに入れてエンジンを止め、サイドスタンドを掛けてGSRを下りた。
V7の彼女もエンジンを止めてサイドスタンドを掛けた。

ほんのわずかな時間と距離だったが、僕らには一緒に走ったという共有感が生まれていたように思われた。

僕はヘルメットを脱いで頭を冷たい空気に触れさせた。
彼女もヘルメットを脱いでいた。

「思ったよりもすごい道でしたね。」
僕は話しかけた。
自分のその声が、思ったよりも明るいのに僕は驚いていた。

「でも、気持ちよかったです。」
彼女が答えた。
彼女は笑っていた。

本当に走るのが好きなんだな。
僕は彼女の笑顔を見て、そう思った。
(つづく)

2 件のコメント:

  1. 僕ら、というのが素敵だなって思いました。
    凄くたのしみにしてます。ありがとうございます。

    返信削除
    返信
    1. 金田慎さん、こんにちは。
      ひとりひとり、ばらばらで、単独行が連なるだけ。
      それでも一緒に走っている限りにおいては、「僕ら」と感じられるときも、時にある。
      バイクで走っていると、そんなふうに感じることがあります。
      そういう感覚も、書いてみたくなりました。
      さて、この二人、何を話して、この先、どうするのか、続きは週明けになります。
      コメント、ありがとうございます。
      誰かが楽しみにしてくれるというのは、本当に励みになります。

      削除