2015年2月14日

「classic」(6)

*この物語はフィクションです。


峠の道で「コーキ」に会ってから、僕は、自分の走る道を意識するようになった。
たしかに、それからも峠で僕を追尾するバイクに時折で会うことがあった。
一度は僕の後ろで転倒し、救急車を呼ぶはめになったこともあった。
その時は転倒したバイクの仲間もいたのだが、救急車の手配や、家族への連絡、そしてその場にいた全員の、警察からの事情聴取など、かなり厄介な目にもあった。


幸い、転倒したバイクの男性は腕と足首の骨折はあったものの、1か月もすれば完治するとのことで、大事には至らなかった。
一方的に追いかけられ、勝手に後ろで転んだとはいうものの、元々僕の「暴走」が噂になり、追いかけようとしてこんなことになったのだと、警察で本人や仲間たちは話した。
それは、別に嘘ではなかったらしい。
僕は、辛かった。

怪我をした男性やその仲間たちは、別に僕を恨んではいないようだった。むしろ逆に、僕の職業や年齢、名前を知りたがったり、バイクについて話そうとしたりした。
しかし、僕は、男性に見まいに行き、仲間たちとは何も話さず、ただ、帰って来た。
その時は電車とバスで病院へ行った。
名刺は持って行かなかった。連絡先は、アパートの固定電話の番号を言わざるをえなかった。
警察にはすべて言っている由を告げ、それ以上は言わなかった。
第一、交通事故としては僕が加害者というわけではないのだ。
それは、警察も認めていた。
ただ、「無関係とも言い難い」のだった。

僕はバイクで走るのをやめた。

9月の末、富士山の初冠雪を、僕は自宅のアパートから見た。

10月。
少しずつ秋が深まっていく中、富士山の見えるアパートで、バイクに乗らず、散歩と読書で日々を過ごした。

それでも、苦しさは変わらなかった。
仕事に就くことや、仕事を探すことは、できなかった。
もう少し、時間が必要だ。


11月。
朝夕の寒さは身に沁みるようになり、初霜も月の初めには降りた。
季節を感じるのは、気持ちのいいことだった。

毎日、散歩や買い物に出るときに見る、アパートの前の、カバーの掛かったGSR。
見るたびに、胸の奥がきりきりした。
僕は、どうやら、走りたいと思っているらしかった。

それに気づいてしまうと、我慢ができなくなりそうだった。

でも、青白のGSRはもう、噂になってしまっているらしい。
そのまま無視して走るほど、僕はまだ、精神力が回復していいなかった。
しかし、このまま走らなくなるのも、できそうになかった。

バイクを売って、別のを買うという手もあったが、それはしたくなかった。
働いていない今、蓄えは十分にあるとはいえ、そういう金の使い方はしたくなかった。
エクシージを売って、GSRを買って以来、僕は大きい買い物はしていない。
ガソリン代は莫迦のようにかかった。が、それ以外は、なるべく倹約して生活していたのだ。
有り余る金を持って、何が倹約ごっこだと、笑われるかもしれない。

ただ、その頃の僕には、そういうふうにするしかなかった。

空を見ては、ため息をつくことが増えた。



11月中旬の日曜日、僕は久しぶりにGSRで走りに行くことにした。

どうやら、限界が近づいてきているようだった。
なんだかんだ言うより、まず、走ろう。
目立たぬように、気をつけて、挑発しないように、されないように、気をつけて、
まずは走ろう。
そこからしか、この先、どこへも行けないような気がしていた。



金曜日、久しぶりにカバーを開け、2か月ぶりのGSRを洗車し、各部を点検してワックスをかけた。
可動部に油を差し、グリースアップする。タイヤの空気圧も揃えた。市街地を少し流して、夕飯を食いに行った。外食も久しぶりだった。…といってもファミレスだったが。
エンジンも異常なしだった。バッテリーはかなり弱っていたが、セルを回してエンジンを掛けることはできた。夜、バッテリーを外して、アパートの中で充電器につないだ。

土曜日、朝から明日走るルートを考えた。
いつも通ってしまう峠道は避け、市街地と国道を使って少し移動し、高速道路に乗る。
お目当ての道の近くで降りて、あとは田舎道を延々走って帰ってくることにした。

もうだいぶ寒い時期だ。紅葉も山の方は終わってしまっている。
防寒ウェアは、買わざるを得ない。大学時代に走っていたころのウェアは、就職した時に捨ててしまっていた。前日に買い物とは、僕らしくなかったが、山岳用品のアウトレットの店と、バイク用品の店とで、防寒グローブやウェアなどを購入した。


日曜日。
朝から晴れて、いい天気だった。
気温が下がってきりりと空気が引き締まっている。

今日は走ろう。

町を離れ、道の上を、どこまでも走って行く。
しがらみを振り切り、こんがらがった葛藤を断ち切り、遠くへ。
いつもの街の、一日でない、特別な、一日。

バイクで走っていなかった時にも
毎日走っていた時にも感じなかった、
不思議な感覚があった。

朝日が昇る少し前、僕はGSRを街の中へ走らせ始めた。

(つづく)

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