2015年2月2日

「classic」(プロローグ)


この物語は、フィクションです。

写真はDCカンパニー「V7クラシック写真館」より引用。

  〈プロローグ〉

 僕は、そのV7の噂を聞いたことがあった。


 その白いV7クラシックは、長野や群馬、時として山梨や静岡の、三桁国道や県道、市町村道など、極々マイナーな峠に現れ、時に信じられないほど速く、時に自転車ほどの速度で、あるときは川の流れに沿って川と同じ速度で下り、あるときは1車線のつづら折で地元のモタードを振り切り、あるときは渓流の、桜の樹の下に、何時間も停まっていたりする。
 ライダーは女性で、年齢は不詳。いつも一人で走り、出会った人によってその印象はまるで異なる。
 ある人はとても愛らしい娘さんだったといい、ある人は理知的な美人だったといい、ある人は人生に疲れたような、憂いを秘めた女性だったという。
 だから、実はV7クラシックのその女性は、本当は複数いるんじゃないかとか、幽霊じゃないかなんて噂まで流れたりした。

 ただ、共通しているのは、そのV7の走りは、力強く進んでいくというよりも、何か浮いているような、あるいは、前から引っ張られているような、そんな不思議な走りだということだった。それは、速く走るときも遅く走るときも、目撃者は同じようにそんな感じを受けるらしかった。
 ある人は、渓流に浮かび流れる木の葉のようだ、と言い、ある人は、風に舞う木の葉のようだとも言った。

 センセイの事務所を辞め、次の就職も決まっていなかったあの日、僕は偶然、そのV7クラシックと出会ったのだった。

(つづく)

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