2018年12月2日

マルケスとロレンソ、フォームの違い

迷走さん(『迷走Riderの眠れ日々-50代からのバイク選び-』 )のブログの記事の中で、ヘレステストでのマルク・マルケス選手とホルヘ・ロレンソ選手のコーナリング写真を挙げた、デビット・ブルゴス(英語読みですみません。)氏のTwitterを紹介しています
写真出典 David Burgos氏のTwitterページ。
(この記事は、迷走さんの記事に触発された、トラックバック記事です。ただ、本ブログにトラックバックを送る機能がないので、このままアップします。ご了承ください。)

今年もMotoGP世界チャンピオンになった№93、ホンダのマルク・マルケス選手。
来年からホンダワークス入りする№99、ホルヘ・ロレンソ選手。
同じコーナーでの同じ角度からの写真です。すばらしいですね。
迷走さんは、「2人のライディングフォームの違いが良くわかりますね。」とおしゃっています。

上の写真再掲。クリックでさらに拡大。写真出典 David Burgos氏のTwitterページ。
同じコーナー、ほぼ、同じ位置。(右端の青白ゼブラに残るタイヤ痕と比べると、よくわかります。)
ほぼ同じバンク角。――おそらく60°程度でさすがにこのあたりが限界。ステップが接地してしまいます。
一見、よく似ていますが、比べると確かにいろいろ違います。

全体の姿勢で言えば、イン側に沈み込もうとしているマルケスに対して、イン側へ伸びあがろうとしているロレンソ、という違いがありますね。
これは、和歌山俊宏氏のリザードライディング理論でいうと、
マルケス選手B2型、ロレンソ選手A2型、
と言え、その特徴もよく出ているとも言えましょう。

拡大して、両者を見てみましょう。

上の写真を一部拡大したもの。
マルケス選手。
右カ―ブ。左手は小指根本でしっかりグリップを握っています。
ロレンソ選手に比べてマルケス選手はアウト側ステップは土踏まずからややつま先寄りの位置で踏んでいます。

マシンホールドは、ステップ、ブーツのかかと部分とヒールプレート、ブーツの裾ふくらはぎの内側とカウルの部分で強く抑え込み、膝裏から腿裏側でシートへ荷重。
バンク角60°、強烈な横Gで、左太ももからめり込むようにシートに荷重され、お尻はイン側へ落ち込むようになっています。

内足は路面とマシンに挟まれる形でたたまれ、以前は横に張っていたひじも、上体まるごとイン側へオフセットする量が増えたために張る場所を失う形で内側へたたまれています。樹脂製の膝スライダー、肘スライダーを擦りつけながらのコーナリングになっていますね。

さらに左肩からつぶれるように脱力し、荷重を左太もも内側へ持っていこうとするこのライディングは、ケニーロバーツのコーナリングと似ているとも言えます。

両者ともスライドが大得意。
ケニーはもともとアメリカのダートトラックでも大活躍していた選手で、両輪をスライドさせながらいかにリヤのトラクションを有効にして旋回していくかに長けた選手。
マルケスも、現在のMotoGPきってのスライド使用の名手とも言えます。

繊細に、かつダイナミックにマシンへ荷重を掛け、また操作を切り替えていくタイプで、ハンドル、ステップワークも多用。
ちなみに内足は、つま先の母指球よりもホントにつま先に近い部分をステップ根本というか、フレームに置く感じで、路面とステップの間に内足が挟まれることを回避しています。

マルケスだけが見せる、ほぼ転倒からのリカバリー。
それには、このフォームも関係していると私は思います。

転倒しかけ、スリップして倒れ込んでくるマシンを肘で押しかえすことで復元しやすい位置関係にこのフォームはあるということ、もともとリヤ荷重になりやすいフォームなので、滑ったときに肘で押し返すとフロントをアンダー傾向に押すことができ、若干ですが、スピンアウトから回復しやすい位置関係にいるフォームだということも、あの信じられないリカバリーに関係しているのではないでしょうか。

と、言っても同じフォームだとしても、余人には絶対にできない、彼だけの境地なのですが…。


これも上2つ上の写真の、ロレンソ選手の部分を拡大したもの。
対するロレンソ選手。
まず、つぶれ、荷重感がない。
猛烈な横Gを、どこか1点から荷重しようというよりは、全身でまんべんなく受けている感じです。
これは、スライドを使いながらも基本的に最大限のグリップを使いながら無理な変節点をつくることなく、コーナリング速度を上げていくことでレースアベレージをアップするロレンソのライディングとまさに一体のフォーム。

外足は土踏まずでステップを踏み、シフトアップ踏み替えなしで可能。ヒールガードへの当て方もそんなに強くなく、どこが強く当たるということなく、外足内側全体で荷重を受けている感じですね。

内足はマルケスと同様につま先をステップ根本に。ブーツのトゥーガード、ブーツ裾のスライダー、ニースライダー、そして肘スライダーが一列に並び、擦りつけるというよりは、できるだけ滑らかにスライドしていく感じの擦り方です。

マルケスとロレンソ、同じアルパインスターズのブーツ、スーツですが、ニースライダーの形状も位置も少し違いますね。
スムーズさを身上とするロレンソらしいフォームです。

しかし、何と言ってもロレンソを象徴するのが、左手グリップの握り方です。
手のひらが浮き、指先でつまむように、繊細にグリップを持っています。
フロント、リヤ両輪ともグリップの限界を探りながら、ブレイクしかけの最善のスライド率を、保持しながらライディングしていくには、非常に繊細な感覚が必要。
そっと左手を添えているロレンソ。しかし右手ではアクセル、ブレーキの操作をしているわけですから、ハンドルからのフィードバックは主に左手で受け取り、ステアリング操作の主となるのも左手。その操作を、こうした繊細な指使いで行っているとは、驚かされます。

ハンドリングはニュートラルをキープ。最も効率がよく、速く走れるのですが、ライダーとしてはフィードバックが少なく、弱アンダーのハンドリングと比べて安心感は得にくい。
そこを感じ取るのが、ロレンソというライダーなのです。

さて、この状態からマシンが滑って外側に逃げていったら、マルケスよりリカバーが難しいことは、写真からも感じられると思います。
ロレンソが肘と膝で路面を押して起こしても、マシンはそれとは別に外側へ倒れたまま滑っていくでしょう。

前後輪に均等に荷重しながら、最高の効率で、そのわずかな幅の上を繊細に駆け抜けていくロレンソ。
これもまた、誰も真似できない、ロレンソだけの走りです。


一番上と同じ写真写真出典 David Burgos氏のTwitterページ。
さて、ふたりの世界チャンピオンを擁することになる2019年のレプソル・ホンダチーム。
この二人、見たようにライディングスタイルはかなり違います。

そもそも、マシンの基本性能が高くなければ、タイトルは取れない時代になっています。
「誰々専用マシン」として、狭い範囲で開発しても、それでは勝てないまでに、ライバルたちのレベルも上がってしまいました。

イコールコンディションのタイヤ、コンピュータハード、ソフト。その条件の中で勝つには、安定と運動性、矛盾するこの二つを高度に両立していくことでしか、勝てないまでにMotoGPは高度化しました。

以前のような一人がはるかにぶっちぎって独走優勝…というシーンは、あまり見られなくなり、最後までドッグファイトをして、勝ち切らなければならないようになっています。

その最高度のマシンの基本の上に、ライダーによる違いを施し、さらにサーキット毎の変更、そのサーキットでも天候、路面状況によるタイヤ選択やサス、空燃比マップの作製など、多岐にわたり、猛烈に細かい仕様を積み上げていって、決勝レースに向かっていきます。

モータースポーツの醍醐味は、最後は人間の闘い。
しかし、マシンと人間の合いまった、その関係性、コースや自然現象に対応するエンジニアたちの闘い、すべてが絡み合って、モータースポーツは成り立ちます。

2019年も、また高度で熱い闘いを我々に見せてくれることでしょう。

4 件のコメント:

  1. 樹生さん、こんばんは。

    2人のライディングフォームについて
    多岐に渡る詳細な分析と考察……、
    非常に読み応えがあり、
    また勉強にもなりました。
    異なるライディング理論と方法で
    共に世界最速を目指す2選手の姿が、
    浮き彫りになっていると感じました。
    拙ログへのリンクを含めて、
    濃い記事のアップ、
    ありがとうございます。

    ところで、個人的な興味から
    この写真を画像ソフトで分割して、
    2枚の写真にして重ねてみました。
    すると、両ライダーの
    左腕付近を横切る斜めの
    白線の角度が僅かにズレていることに
    気づきました。
    そこで白線の角度が一致するように
    修正してみました。

    それで、何がわかったかと言うと
    白線の角度を一致させると
    ロレンソ選手のマシンの方が、
    実際にはやや起きている、
    言い替えるとマルケス選手の
    マシンの方が寝ているのです。
    マシンが寝ていれば速い……とは
    限りませんし、
    逆に起きているから
    遅い訳でもありません。
    何の確証も無い
    私の思い込みに過ぎない
    戯言かもしれません。
    でも、ロレンソ選手は
    まだマシンとの間に
    完全な信頼関係が
    築けていないように見えるのです。

    ところで、昨シーズン、
    突如としてロレンソ選手が
    あの足出し走法を披露してくれたように、
    これからRC213Vと時を重ねるにつれ、
    ロレンソ選手がどのような
    ライディングを披露してくれるのか、
    その進化や変化に対して、
    大いなる期待があるのです。
    YAMAHAとDUCATIと言う
    2大ファクトリーを経て来た
    彼の経験値が、
    REPSOL HONDAで
    どのように華開くか……、
    そしてRC213Vはこれまでとは異なる
    大変化を遂げるのでしょうか……、
    本当に来季2019年シーズンは
    楽しみで楽しみでなりません。

    今回の樹生さんの記事には、
    非常に良い刺激を受けました。
    以前から考えていた
    MotoGPマシンをより速く走らせる
    その方法論について、
    私なりの解釈を書いてみたくなりました。
    ある程度、データを集めなければならないので、
    いつになるか、果たして
    まとまるのかわかりませんが
    トライしてみたいと思います。

    最後になりましたが、
    拙ログのエントリ内にも
    "マルケスとロレンソ、フォームの違い"
    へのリンクを貼らせていただきました。
    ご了承いただけたら幸いです。



    返信削除
    返信
    1. 迷走さん
      ありがとうございます。
      リンクも貼っていただいて、
      とても光栄です。

      ロレンソ選手、ドゥカティで成績が低迷していた間も
      ライディングを変えつつ、努力を続けていて、
      タンク形状を変えたところから一気に優勝と、
      成績が跳ね上がって、いかにライディングフォームや
      マシンホールドがGPマシンを走らせるのに大切か、
      改めてその重要さを認識させられたことがありました。

      ロレンソ選手、まだ2018年のドカティとの契約上
      ホンダワークスライダーとして正式なコメンとが出せない
      状況ですが、RC213V、実のところ、どんなふうに
      感じているのでしょうか。
      非常に興味あります。
      確かに、また今までとはまったく違うホンダのマシン
      信頼関係を築くには、それなりの時間が必要なのでは
      と思います。
      怪我の回復によってもバランスも変わってくるでしょうし。
      ロレンソ選手のマシンとの距離の詰め方も、
      オフシーズン・テストの大きな関心の的になりそうです。

      スズキも一気に勝てるマシンになってきましたし、
      ヤマハもシーズンラストにトンネルの出口が
      少し見えてきたかにも見えます。
      ダニ・ペドロサ選手がテストライダーに入るKTMにも
      大きく期待したいのです。

      そして、ロレンソとホンダの組み合わせ。
      RD213Vは、はたしてどんな変化を見せるのか、
      ロレンソはどんな走りを披露するのか、
      興味が尽きません。

      迷走さんのMotoGPマシンをより速く走らせる方法論
      ぜひ、読んでみたいです。
      とても楽しみにしております。

      削除
  2. 頭をバイクの中心線上に残しているマルケスの方が見る側からすると、ちょっとは安心できるフォームだと思います。
    ロレンソはのびあがるように頭をコーナー出口に向けてバイクの中心線から大きくずらしていますね。
    分析を読みながら写真を何度も見比べました。
    どちらも異次元過ぎてもう訳がわからない世界ですが(笑)感動しますね。
    涙が出そうです。

    返信削除
    返信
    1. nogさん、コメントありがとうございます。
      凄まじいバンク角で、頭の位置が低い!ですよね。
      これだと、コースの先が見えにくくなるくらい視点が低くなっていると思います。
      昔はGPライダーのフォームを真似しようとしたりする人も多かったのですが、
      さすがにこれは、公道では真似する気にもなりませんね。
      運動エネルギーが高まって、リアルに想像する域を離れてしまったようにも思えます。
      本当にすごい領域で戦っているんですね。

      削除