2015年2月15日

「classic」(7)

この物語はフィクションです。




その日、僕はしばらく住宅地の中をゆっくり走り、同下を越えて山梨県に入った。
本栖湖の南岸、県道709号線を晩秋の湖の輝きを楽しみながらゆっくり回り、国道300号線、本巣道を西に向かった。ヘヤピンの続く山岳路。ここもゆっくり走った。
何台かの走り屋風のバイク乗りがいたが、僕があまりにゆっくり流していたからだろうか、つけられうこともなかった。

国道300号線から県道411号へ、国道52号を横断して県道410号線を少し行き、県道37号線入った。
渓谷を走る南アルプス公園線とも呼ばれる道だ。
そこから県道810号線へ入った。

この道を南下していくと、山伏峠を通過する。
標高2000mを超えるこの峠は、12月から冬季通行止めに入るが、この時期でも雪で通れないこともある。いけるところまで、行ってみようと思った。
非常に美しい渓谷を走るが、路面も狭く、荒れている道だ。
そう、県道810号線は途中の雨畑まで。
そこから先は林道、井川雨畑線となる。ほぼ、舗装されているが、ところどころ、がたがたで穴も開いていたりする、そんな道だ。

山梨県早川町雨畑。このあたりは硯や墓石にする石の名産地らしい。ここにも過疎の波は押し寄せている。
硯島小・中学校の跡地に開設された温泉、ヴィラ雨畑の駐車場で小休止した。
トイレを借りることもできる。
駐車場に入っていくと、先客が一台、止まっていた。
白い小さなネイキッドバイク。

近づいてみると、モトグッツィのV7クラシックだった。
タンクに小型のタンクバッグが装着され、
リヤシートに革のバッグがストレッチコードで積載されている。
ハンドルバーに、赤いリボンが結ばれていた。
オーナーは女性だろうか。

僕は少し離れたところにGSRを停め、ヴィラ雨畑でトイレを借りることにした。
すると、赤い大きな三角屋根のその建物の玄関先で、中から出てきた女性とすれ違った。

スタイリッシュな防寒のテキスタイルウェア、左胸に小さくデビルマークとダイネーゼのロゴ。
身長は170くらいだろうか。短い髪の、涼しげな表情の若い女性だった。

すれ違いざまに、どちらからともなく、会釈を交わした。
僕もヘルメットを抱えている。
ライダー同志の、さりげない挨拶だ。

しかし、すれ違った僕の方は、緊張して心臓の鼓動が高鳴った。

彼女だ。

センセイがちぎられ、「コーキ」が話していた、そして僕も何度か噂に聞いた、「風のV7」の女性にちがいない。

しかし、もちろん僕と、彼女に接点はない。
いきなり声を掛けるのも、失礼だし、迷惑だろう。
後ろ髪を引かれる思いではあったが、僕はそのまま、トイレへ行った。
トイレのついでにヴィラの方に山伏峠は通れるかを聞いてみた。
ヴィラの方は、昨日は路面に雪もなく通れたとのこと、夕べから晴れて、雪は新しく降っていないと思うが、路面が凍っているかもしれないし、もしかしたら雪が降っているかもしれない、言ってみなければ分からない。と言った。
僕は礼を言って、玄関を出た。

玄関を出て、駐車場を見ると、彼女はまだ出発していなかった。
バッグから取り出した地図を見ていた。

僕が歩いてバイクの方へ戻ると、彼女は眼を上げて僕の方を見た。

「こんにちは。」
と言ったのは、僕の方だった。

「こんにちは。」
彼女が返した。

深い、美しい声だった。
僕は彼女が気になりながらも、気にしないふりをして、タイヤのチェックをし、僕もまた地図を出してこの先を確認した。

「すみません。」
声を掛けてきたのは、彼女の方だった。
僕はとても驚いた。
「はい。」
彼女は僕を見ていた。
さっき気づくべきだった。彼女は、会ったこともないほどの美人に、その時の僕には思えた。

「山伏峠の方へ行かれるのですか?」
彼女が聞いた。

「はい。」
僕はなんだかしどろもどろしている。

「今日、この道は越えられるでしょうか」

僕は、さっきヴィラの職員さんから聞いたままを答えた。

「そうですか。」彼女は聞いて、少し考えているようだった。

「僕は、行ってみることにしました。だめだったら、引き返すつもりで。」

「そうですか」

「もう、紅葉もだいたい終わってしまって、峠は雪かもしれませんが、それも、いいかなと思って。
もしかしたら、峠からの富士山が見えるかもしれませんし。」

「そうですね。私もそう思って、来てみたんです。」

「そうですか。」
僕は、会話が苦手だ。
仕事上、会話はうんざりするほどしてきた。しかしそれは、相手の言いたいことを見抜き、相手の論理を計り、相手の感情を計算する、そんな勝負上のものばかりだ。こんな、ゴールを決めない会話を、この4年半あまりしたことがない。

なんとなく気まずいまま。僕は出発準備を始めた。ヘルメットを被り、あご紐を締めて確認した。
しかし、どうも彼女が気になる。

グローブをはめながら、彼女の方を見た。
彼女は、地図をまだ見ていた。
それから、空を見上げた。今日は快晴。気持ちのいい晴れ空だ。
南の峠の方角を見た。山並みが連なっている。
もう葉を落とした冬色の山、麓の方に茶色い枯葉色の低い山が重なっていた。

「どうなさいますか?」
僕は聞いてみた。
聞かなければ、もう出発しなければ不自然なタイミングだったのだ。

彼女は僕を見て言った。
「私も、いけることろまで行ってみます。」

「じゃ、一緒ですね。お互いに、気をつけましょう。」
なんか、間抜けなことを言ってしまった。

彼女はにっこり笑った。
「はい。」

僕は、先に出発した。
彼女がヘルメットを被り、グローブをはめるのがミラーで見えた。

僕はヴィラ雨畑を後にし、ダム湖沿いの道を、南へ、走り始めた。
(つづく)

2 件のコメント:

  1. 連載、楽しませていただいています。まるで地元民のようなルーティングと描写で驚いてます。読んでると走りに行きたくなりますね。

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    1. shinさん、こんにちは。コメントありがとうございます。
      実は、行ったことありません(><)。
      ただ、近くの道は、もうだいぶ昔ですが、走ったことがあって、「なんて細くてくねくねで距離が稼げないんだ!」と驚嘆したことがありました。

      地図を見ながら、空想して書いています。ヴィラ雨畑は早川町のHPなどで見ました。
      これから、二人がどんなふうに走って行くか、僕自身、書きながら進んでいくので、どうなるかわかりません。
      うまく進めばいいのですが…。
      どうぞ、これからもよろしくお願いします。

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