2016年1月16日

「弾丸ツーリング」考3

樹生の過去した弾丸ツーリングらしきもの…。
前回は初めての弾丸ツーリングでしたが、今回は、その後のやつをまとめてリストアップしてみます。
…と、いっても、いつくか上げてみるだけで、弾丸ツーリングの傾向は、明らかになってくるように思います。(今日も文字だけの記事です。)


2 夜―夜1日、九州一周。

広島に住んでいた時、5月連休頃か10月頃にほぼ毎年していたもの。
マシンは最初期はGPz400F-Ⅱ、1992~1995春まではSRV250
1995年~1998年はGPZ1100でした。

夜12時広島出発。
朝3時発、徳山―竹田津のスオーナダ(周防灘)フェリーに乗って、2時間仮眠。
朝5時から九州ツーリング開始。
国東半島広域農道オレンジライン、別府、湯布院、やまなみハイウェイ、阿蘇まではほぼ毎回同じで、そこから、高千穂、延岡、宮崎、高原、えびの、人吉、八代から高速に乗って広島まで帰ってくる場合。
内大臣林道を通って椎葉へ、五家荘林道から国道445へ行く場合。
素直に阿蘇近辺を回って、熊本から高速で帰る場合。
これも帰りは夜九州自動車道と中国、山陽自動車道を走り継いで広島まで帰る道で、だいたい12時頃に帰着するという、今思えば、ただ走っているだけの、もったいなく、めちゃくちゃで、疲れて危険なツーリングでした。
時々、九州で一泊をどこかに入れて、のんびり走ることもありました。

SRV250は小柄な250ccマシンでしたが、一気に1000km以上走って、高速では長時間全開状態が続くような状況でもめげずに、快適にツーリングできました。
内大臣林道はかなり山深いダートな峠でしたが、GPz400F-Ⅱも、SRV250も、GPZ1100も通れました。このあたりの走破性がスプリンターとは違う、ツーリングスポーツの本領だったのでしょう。



3 札幌―開陽台 日帰りツーリング 1987 GPz400F-Ⅱ

20代の頃、2年間札幌に勤務していました。その後広島で10年勤務、また北海道に戻って十勝、札幌と変わって現在は札幌です。
最初に札幌勤務の時に1日しかない休みでどうしても開陽台に行きたくなり、あさ2時に出発して、まだ石勝樹海ロードと呼ばれる国道274の開通前だったので、苫小牧から日高を経由して日勝峠を越えていきました。
峠を越えて清水町に入ったとき、ラジオ体操をやっていて、朝6:30か…と思った記憶があるので、夏休みの頃だったのでしょう。
そこから後の記憶があまりないのですが、阿寒を越え、弟子屈から開陽台へ。お昼頃だったはずです。
開陽台では2時間くらい過ごしました。まだ、昔の建物があり、ハイジの家があり、おばちゃんがいて、「ライオン丸」さんというキャンプネームの方と話をしました。
帰り道は来た道をそのまま帰るだけ。夜11時ごろに帰宅しました。



4 広島―那須、ライディングパ―ティー参加ツーリング。 1996~1998 GPZ1100

バイク雑誌「ライダースクラブ」が主催するサーキット走行イベント、「ライディングパーティー」。現在も続いています。当時、「那須エクスプローラーサーキット」を会場とした会に参加しました。

それにGPZ1100で参加するために走って行ったのが、結果的に弾丸ツーリング的になった…ということか…。でもこれはどちらかというと、「移動」でした。
しかし、退屈だったことは全くなくて、山陽道、名神から中央高速に入って、信州から下道に下り、群馬、日光を経由して那須へ入ったり、東名高速を走って静岡から下道に下り、富士山をよく分からない3ケタ国道や県道を走って迷ったり、富士山を回って関東を環状に回る形で那須に入ったりしたのですが。急いで走っていたのと、20年近く前のこともあって、あまり鮮明に立ち寄ったり、通過した各所を覚えていません。

やはり弾丸、特に高速を多用する場合には、通過する土地土地の息吹を深く体の奥の記憶に刻むことは難しいようです。
この弾丸は片道。
走って行って那須のあたりに泊まり、翌日ライディングパーティーで一日サーキットを走り、そのまま那須に連泊。翌日、また一気に広島まで帰ってくるという行程でした。

サーキットで走る格好でツーリング中も走ったので、着替えはほぼ下着だけ。
荷物も雨具、工具、予備のグローブ、シールドなど。
タンクバッグとリヤシートに縛り付けた旅行鞄だけという走行でした。

これも、いま思うと、若い。
今はこんな体力はないし、もっとリスクに対応した状態でないと怖くて走れない気がします。



5、6,7……、やめときましょう。

走ることが好きで、走ることばかりを優先させていくと、山でローリングするか、とにかく一気走りの弾丸的になるか、どっちかになってしまうような気がします。

それでも、若い頃の僕には、どのツーリングもとても楽しかった。
こんな無謀なプランは、誰かを巻き込むわけには行かないので、いつもソロでした。
危険なこと、気をつけた方がいいこともたくさんあり、それでも楽しいことも多かった。
そのあたり、弾丸ツーリングの属性について、次回はまとめてみたいと思います。

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