2015年11月30日

和歌山利宏氏のリザードライディング理論(6)B2

和歌山利宏氏のリザードライディング理論、4つ目のタイプはB2。
手のひらの奥、薬指側で荷重を受けるタイプ。
代表的選手は、ケニー・ロバーツ、マルク・マルケス、マイケル・ドゥーハン、原田哲也。一言でいうと、ダイナミックなフォームです。


B2タイプの力の掛かる点。
B2のグリップは、掌の薬指側に力がかかるタイプの握り。グリップは深く、斜めに握ります。
B2タイプのライディングの特徴として和歌山氏が上げているのは、
前腕(ヒジから先)には回外力が掛かるからグリップを斜めに握り、上腕は外旋しているので脇が締まる。回外するため腹筋型となり、頭を比較的低くして、独特の力強いフォームで身構える。ハンドル垂れ角も強めのものを好みがちだ。ステップワークはB1タイプと同様にカカトが支点で、つま先をトリガーとして(上下させて)、ヒザを大きく動かしていく。(ビッグマシン2015年3月号、34pより)
そして、「伸ばしておいた体をコーナーに向かって沈み込ませるリズム」でコーナリングに入り、結果として「上体をダイナミックにうねらせ、頭の位置も低めな旋回フォームが生まれる」としています。

では代表選手たちのフォームを見ていきましょう。


「キング」、ケニー。ケニー・ロバーツ選手です。
1978~1980年GP500チャンピオン。
GPデビューイヤーから3連勝。両輪スライド走法とそれを前提としたこのハングオフフォーム、巨大なモーターホームをパドックに持ち込むなど、GPの世界をあっという間に変えてしまった、GP界の巨人です。
この後ろ向きの写真は1983年、ケニーのライディングを語る上で、最も有名な写真のひとつと言ってもいいでしょう。
上の和歌山氏の解説の特徴がよく表れています。
弓なりにうねった上体。垂直な頭。沈み込みながらリアに荷重を掛けていく旋回フォーム。
実に美しい。
この状態でも両輪が穏やかに慣性ドリフト…と言っても、ドリフト(はずむ)するのではなく、スライドしています。…しながら、誰よりも美しい弧を描いて、信じられないくらいアウトからギリギリのインをかすめ、またギリギリのアウトまで誰よりも速く旋回し、加速していくのです。

1978年、初年度でチャンピオンを取った時にも世界は驚きましたが、それ以上に、このYZRとケニーロバーツのパッケージに誰も勝てない…、という衝撃の方が強くありました。
ケニーはそのままGP500、3連覇。
「キング」と呼ばれます。
ケニーを止めろ!(STOP THE KENNY)が他メーカーの合言葉になるほどに、その走りは鮮烈でした。



これは高速コーナーの立ちあがり旋回加速中。右手を見ると、アクセルは大きく開いています。
注意深く見ると、ほぼゼロカウンターながら、微妙にリヤが外側に出ている(=スライド)していることがわかります。スライドを派手に決めると言えば、フレディ―スペンサーですが、元々ケニーもアメリカのダートトラック出身。スライド走行は「日常」の世界、というかスライドしないとそもそも走れない世界から舗装路のヨーロッパサーカス=2輪ロードレース世界グランプリの世界へやってきたのです。
継ぎ目のないような滑らかな移行。常にタイヤのグリップの限界を使い続け、効率のよいスライドを保つそのテックニック。

その大きな弧を描く走りは、高速コースで最もその本領を発揮しました。
当時はまだ、公道を閉鎖してGPを行っていたコースも多い時代。そう、鉄道の踏切を渡るコースさえあったのです。
ケニーは安全のため、専用のクローズドサーキットでのGP開催に強く呼びかけたライダーの一人。
速くなり過ぎたGPマシンでは、公道コースは危険すぎたのです。

同時に、ケニーは公道コースにあるような、道幅が狭く、小さく回り込んだようなコースでは、圧倒的な速さは発揮できませんでした。


ケニーの美しい弧を描くライディングには、広い道幅と比較的大きな半径を持つコースが最適だったのです。
そこに目を付けたのが、スズキとホンダです。
ケニーがアウト・イン・アウトで旋回するのなら、突っ込みで直線的にインに入ってしまい、デッドスピードは落ちても、小さくくるっと旋回し、そこから直線的に加速して行ってしまう、ファーストイン・ファーストアウト、イン・イン・インで回って行く運動性の高いマシンを開発し、キングに対抗しようとしたのでした。
そうして開発されたのがスズキRGB500。
ストップ・ザ・ケニーを果たし、1981年にはマルコ・ルッキネリ、1982年にはフランコ・ウンチーニが世界チャンピオンを獲得しました。

ホンダは2st全盛の中、あくまでホンダらしく4stエンジンでの戦いにチャレンジし、NR500を繰り出すも、苦戦。1982年に2st3気筒として最大出力は劣っても、運動性で勝つというコンせプトでNS500をリリース。若き20歳のアメリカン、フレディ―・スペンサーが駆り、1983年には伝説のケニーVSフレディ―のバトルを制して、21歳で世界チャンプとなりました。


 前からケニーロバーツ、YZR500、ランディ・マモラ、RG500Γ(ガンマ)、フレディ―スペンサー、NS500.
3人のライディングの違い、ラインの違いが分かる。ケニーが一番外から旋回を掛けているのに対して、マモラは少し小さく回り込むライン。スペンサーはマモラよりももう一本中のラインを通ろうとしている。
ケニーが上体をうねらせ、沈み込むように肩からコーナーへ入って行く様子がわかる。



スライドするマシンの動きに瞬時に対応するため、頭はマシンの中央線上に残し、下半身を中心にイン側に大きくずらして遠心力に対応。外側の太ももからシートに全体重を荷重。リヤのグリップ力を最大限引き出す。
B2の特徴、ブリップを深く握って荷重は手のひらの小指側(外側)で受ける体の使い方。




…あら、ケニーにあまりにも紙幅を費やしてしまいました。
マルケス行きましょう。


このバンク角。
2013年、2014年連続チャンプのマルク・マルケスは、とにかくマシンを振り回し、スライドしまくり、信じられないほどの運動性でチャンプとなりました。
確かに、ケニーの一枚目の後ろ姿と、身体の使い方は似ています。
スライドしまくり、ありえないようなラインで走ってしまう、という、マシンの振り回し方はフレディ―・スペンサーに似ているのですが、フォームはケニーに近い、ということなのですね。




ゼッケン26、ダニ・ペドロサとのバトル。ダニのタイプはA2.身体の外側に軸があり、小指側に荷重を受ける…では同じですが、グリップは浅く握る、ロレンソと同じタイプ。
ダニのグリップの握りが浅いことも見て取れますね。
確かに、26のダニは少し上体をイン側に伸ばしていくフィーリング、対して93のマルケスはマシンに沈み込んでいくような上体のフィーリングですね。
これは自分でも走る人でないとわからないかもしれませんが…。


これはフルバンク旋回ではなくて、立ちあがり加速のシーン。
A2タイプのロレンソ、ペドロサは立ち上がり区間になると、明らかにマシンを立てて、その分重心位置の補正の為に自分の身体はさらにインに残したまま、旋回していきます。その切り替えポイントは見ていて、ここだとはっきりわかります。

B2タイプのマルケスも、立ち上がりでマシンを立てるのは同じですが、ある瞬間からばっと立てるのではなく、フルバンクの旋回加速からそのままスライドしつつ自然に起き上ってくるかのように、比較的なだらかにマシンを起こします。
この写真でもリヤが外に出て、ややカウンターステア(逆ハン)状態になっていますが、ややフロントをインに切り(これは真似してはいけません!素人は転倒します)両輪のコーナリングフォースを最大限に使うように、繊細に操作しています。

本当にすごい世界で彼らは闘っています。


1994年~1998年、5年連続GP500世界チャンピオン、マイケル・ドゥーハン。
この選手についても語れば長くなりますが、紙幅が尽きてきました。
簡単に行きます。
深く、斜めに握ったグリップ。
うねった上体、肩越しにコーナーに入るような姿勢…。
ケニーのフォームと全然似ていないようでいて、同じB2タイプなのですね。


ドゥーハン選手は右コ―ナーと左コ―ナーで、別人のようにフォームが違う選手です。阿部典史選手もそうでしたね。
これ右旋回のフォームで、私なんかには右のフォームの方が好みなのですが、肩ごしに見る視線、グリップ、上体を沈めるようにイン側へ落とし込むやり方などはB2の特徴がよく出ているかもしれません。



最後は原田哲也選手。
1993年度、WGP250ccチャンピオンです。
原田選手も走りが美しく、しかも初期旋回へ向かう時の倒しこみが実に美しく、鋭い選手です。
私はずっと原田選手のフォームはローソン系、つまりロレンソと同じA2系だと思ってきたのですが、和歌山氏はB2に分類しています。
この写真では、深く斜めに握りこんだグリップ。柔らかく、弓なりに沈み込む上体など、B2タイプの特徴がよく出ていると言えます。
その意味では、原田選手は確かにケニーロバーツに似ているのかもしれません。
あの美しい、誰も真似できない原田選手の描く弧は、ケニーのラインと似ていたのか…と、今回改めて思いました。



これはホンダの岡田忠之選手とのバトルシーンでしょうか。
この二人のライバル関係も非常に面白いのですが、それはまた別の話ですね。
この写真などは、典型的なB2というよりも、A2的要素の強いフォームだと思います。
しかしA2にしては背骨を弓なりにイン側にもたれかかるような姿勢にするところが違っていて、やはりB2タイプというべきなのかもしれません。

このように、A1、A2、B1、B2のどれかに誰もがあてはまるとはいっても、典型的な例から、その特徴があまり色濃くないタイプもあるでしょうし、例えば、B2タイプの人がずっとA1タイプのように走るように指導され、練習を重ねてくれば、実にA1色の濃いB2になることも十分にあります。
人のフォームを形からコピーして入ってくる我々素人は、本来の自分と違うタイプの動きでライディングしていることも多いかもしれません。

ラップタイムがすべての物差しであるプロのレースの世界では、自分のタイプと違う走りでは勝つことができず、いろいろ工夫し、トライしていうちに自然と自分のタイプを生かす走りになっているはずです。そうでない人は勝ち残れないはずです。

われわれ素人が、レースするわけでもないのにプロのフォームを見てどうなるのだ、という声はいつでもあるわけですが、ギリギリまで突き詰めて走って行くそのトッププロたちのフォームには、なにかしらの必然性が必ずひそんでおり、その「必然性」は、速度域が違っても、マシンが違っても、すべてのバイクライディングに共通するものだと、私は思っています。
その必然性を見出し、誰でもない、自分のライディングの中に、どう生かしていくか。
それを考え、実践し、悪戦苦闘しながら自分のライディングを少しずつ磨いていく…。
これは、ライテクオタクのひそやかな、しかし、他に代え難い歓びのひとつです。

0 件のコメント:

コメントを投稿