2016年4月16日

すすきの、春雨。

職場の歓迎会が、札幌市の中心部でありました。
仕事が詰まっていて、連日睡眠不足の私も、参加しましたが、今回は一次会でリタイヤ。
札幌市の歓楽街、薄野(すすきの)近辺を歩いて、地下鉄に乗って帰って来ました。

札幌市の中心部を流れる鴨々川。
鴨やおしどりがいたりします。
すすきののこの一角は、流れを格子で区切って鯉を泳がせています。
繁華なところから少し外れた道。
舗道は静かで、歩くにはいいです。





すすきのの中心部近く。
札幌が「開拓」され始めてすぐに官営の「遊郭」がここに建てられました。
それが歓楽街すすきのの発祥。
原野と泥炭の札幌市中心部を街に開発するため、出稼ぎ労働者を冬も故郷に帰さないための策として遊郭が作られたそうで、それはかなり有効だったそうです。
なんだか哀しい起源です。


札幌市の市電は昨年路線を延伸しました。
Cの字型だった路線をO字型につなげて、循環するようにしたのです。
すすきのから南1条まで、駅前から続く目抜き通りの車線を上下とも一つ潰して路面電車を走らせるという「英断」。
とても便利になりました。


大通公園の雪も完全に消えていました。
花壇にはパンジーが植えられていました。
雨の土曜の夜。
街にはたくさんの外国人観光客の姿がありました。

ゆきかぜ号が、カスタムのためのドック入りを終えて帰って来ました。
まだ走れていないのですが、次回はカスタムを終えたゆきかぜ号の姿をレポートしたいと思います。

2 件のコメント:

  1. こんばんは。
    SevenFiftyです。

    >札幌が「開拓」され始めてすぐに官営の「遊郭」がここに建てられました
    今でも当時の遊郭の建物や当時の飲み屋などは残っているのでしょうか。
    風俗街ツーリングはあまりないですが、その名残を巡るツーリングはよくやります。

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    1. SevenFiftyさん、こんにちは。コメントありがとうございます。
      大正年代に建てられた、遊女を住まわせておいた長屋の一部が、すすきのの外れ、鴨々川のほとりに残っています。「鴨々堂」として、ギャラリーとして使われています。
      遊郭の周囲に巡らした土手の痕跡が、すすきののメイン交差点に残っていて、
      これはNHKの「ぶらタモリ」でもやっていました。
      札幌は豪雪地帯のため、木造でも小さく弱い建物はなかなか残らずに壊されてしまうことが多いです。

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