「よお。」
「おお、久しぶり。」
「5年ぶりか。」
「ああ、そんなんなるかな…。元気?」
「いやあ、仕事きつくて、もうぼろぼろ」
「どこも一緒かあ。俺もそうだ。」
「何飲む?」
「グレープフルーツジュース。」
「……。相変わらず、飲まないのか。」
「まあね。お前は遠慮せずに飲んでくれ。」
「ああ、まあ、そうさせてもらうか。……すみませーん。……ピルスナーウイケルと、グレープフルーツジュースお願いします。」(この物語は、フィクションです。)
「どう、最近、乗ってる?」
「いやあ、ほとんど走れてないなあ。手離してはいないんだけどさ。」
「仕事きつくて走れないの?」
「いや、それはそれであるんだけど、休みの日にもなかなかね。」
「疲れて走る気にならないとか?」
「いや、ほら、上の子はかろうじて就職できて家出たし、下の子も大学いっただろ?」
「うん、そしたら子育て一応一段落して、休みは走る時間ふえたんじゃないの?」
「うん…まあ、そうなるかと思ったんだけど、なかなかそうならないのよ。」
「どうして?」
「子どもが二人とも家をでて、嫁さんと二人暮らしになっただろう。」
「うん。」
「俺も一応、自分としては子育て頑張ってきたつもりではあるけど、やっぱり嫁さんの方が、ずっとずっと時間も、労力も、心も体もかけてきたわけよ。」
「うん。」
「…で、こどもが同時に二人家を出て、俺と23年ぶりくらいに二人暮らしになる。休日も二人だろ。」
「うん、だから走りやすくなったんじゃないのか?」
「いや、それはそうなんだけどさ、嫁さんとの時間も大切にしなきゃいけないって、思うわけよ。」
「奥さんがそう言うのか?」
「いや、言わない。」
「タンデムでツーリングに行ったらいいんじゃないか」
「嫁さんは極端に怖がりで、絶対に乗らないんだ。極端な高所恐怖症でもあるから、バイクのシートの上にちょんと座って、高速で移動するなんて、恐怖でしかないんだ。」
「走りに出るの、奥さんは反対するのか?」
「いや、反対はしない。嫌な顔もしない。」
「じゃあ、いいじゃないか、だいたいお前、走らないと日常生活に耐えられないだろう」
「そりゃ、お前の方だろうが」
「まあな、あ、ビール来たな、どうぞ、お先に。…あ、ジュースも来たな、じゃ、乾杯」
「乾杯。」
「…で、どうして走れないんだ?」
「なんか、さびしそうなんだよ。」
「奥さんが?」
「ああ。」
「…、で、どうしてるの?」
「いや、晴れた日があったら、ドライブに誘って二人で出かけるんだ。」
「毎回?」
「いやいや、半分。2日あったら、一日はドライブと外食。もう一日で走る。」
「走れてるじゃんか。」
「大抵、休みは2日にならない。だから、嫁さん優先になる。」
「でも、我慢しすぎてもよくないんじゃないか」
「まあな、でも嫁さんもがまんしてるからな。時々、連れ出してやらないとな…」
「あのさ、奥さん自分で、一人でとか、友だちととか、出かけたらいいんじゃないか」
「ああ、それは時々してる。だから別に、べったりとか、寄りかかりとか、そんなんじゃないんだけどな」
「ふーん、結婚生活も、なかなか大変なものなんだなぁ…」
「ちゃかすなよ。お前はどうなんだ?」
「走っちゃいるが、昔みたいにはいかないな」
「どういうことだ。」
「走り続けて逃げ続けるっていうのはさ、執行猶予というか、モラトリアムみたいなところが、どっかにあるんだよ。」
「うん。」
「でもな、50も過ぎて、その夢は、もう、自分にとってのリアリティを喪ってしまってるだろ」
「そうかな」
「そうさ。先延ばしだけで10年以上も時間は使えない。」
「おれだって、先延ばしや逃避でバイク乗ってるようなもんだぜ」
「いや、お前はさ、現実に家族がいて、職場があって、子どもや奥さんを守ろうとして戦ってるだろ。その休止符としてのさ、バイクだから、逃避でもいいんだ。」
「おまえだってさ、日々現実と闘ってるだろ。結婚してるかどうかは、関係ないだろ」
「まあ、そういえばそうなるんだけどさ…、俺の場合は、決めてないだけでここまで時間が経っただけだからな。」
「そんなことないと思うがな」
「100組夫婦があれば、100通りの幸せと同じだけの不幸があるだろ。独身が100人いれば、100通りの一人の理由があって、100通りの一人の生き方がある。」
「そうだね。」
「おれの場合は、決めないということが、ここまで俺を運んでいる。」
「決めないって、何を。お前はいろいろ決断してきたじゃないか。仕事だってそれで成功してる」
「それはな……、難しんだよ。」
「難しい。」
「説明がな。」
「説明が難しいのか。」
「まあな。」
「じゃあさ。」
「なに。」
「一緒に走るか、今度。」
「いつ。」
「来週の日曜。お前、土曜が次のイベントだろ?」
「おまえは奥さんはいいのか。」
「いいんだ。こういう時は。」
「そうなのか。」
「そうなんだよ。だから、いっつも走ると言うわけには行かないんだ」
「おまえは、決断して、選んだからな。」
「まあ、半端だけどな。お前の先送りだって、すべてを先送りにしたんじゃないだろ。」
「まあ…そういうことになるか。」
「来週の日曜、どうだ?」
「じゃあ、走るか」
「走れば、わかるのか。」
「いや、それは走ってみないとわからない。」
「わかるかわからないか、走ってみないとわからないか。」
「わかるかわからないか、走ってみないとわからないだ。」
「じゃあ、走ろう。」
「うん、走ろう。」
「その前に、もう一杯飲もう。」
「ああ、飲もう。」
「すみません、ピルスナーウイケルと、グレープフルーツジュース、もう一杯ください。」
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