2017年7月10日

言問(7)

2017/6/18 17:38
雄冬は、昔、陸の孤島と言われた。あまりに厳しい海岸の断崖。
陸路からはアプローチできず、船でしか訪れることはできなかった。
国道232号線は、僕の記憶では、僕が初めて北海道に住んだ1987~1988年ごろから、去年、2016年まで、通るときに工事していないことはなかった。
道路が通ったとはいっても、難所続きだった道は、今はほぼ、快走ルートになっている。

雄冬を過ぎても、厳しい道は続く。
トンネル連続で、開けた土地はなく、ほんの時折、川が流れ、少し開けたところに町がある。海岸があまりに厳しい区間は道は山に入ってトンネルで越えていく。

「幌(ほろ)」を過ぎ、「浜益(はまます)」を過ぎ、「毘砂別(びしゃべつ)」を過ぎ、送毛トンネルを抜けて、「濃昼(ごきびる)」を過ぎて。
厚田(あつた)を過ぎる。
さらに南へ。古潭(コタン)を過ぎる。
望来(もうらい)へ。
2017/6/18 17:54
国道から外れて、海沿いの道へ。

石狩湾の向こう側が霧で煙っている。

2017/6/18 18:01
望来の町で、ちょっとだけ止まった。
夕暮れが少しずつ近づいてくる。

望来から裏道を抜け、無煙浜海水浴場の方へ抜ける路も、開発が進むとともに
交通量も年々、少しずつ増えているようだ。
おしゃれなカフェができたり、パラグライダーの飛行場ができたり、
街も変わり、道も変わり、そうして変わって、変わって、
僕らが今、住んでいて、今日、僕がこの道を、ゆきかぜを走っている。

2017/6/18 18:08
この風景は、10年前と変わらないように感じる。
巨大なゴミ処理場と煙突。

広がる砂浜、石狩湾の海。
向こうに連なる山々。

この山々は僕の故郷の山ではない。
この街に住んで、まだ13年と少し。

秋田、広島、札幌、広島、十勝池田、札幌と、移り住んで来た。
仕事は定年まであと少し。子どもは就職し、遠い街に住む。

33年前、バイクで走り出したころ、僕は自分が誰かわからず、5年後、いや1年後の自分の生活もイメージできなかった。
生きているかどうかさえ。

時間と体力と、少ない金のある限り、走り続けていたような気がする。飽きることなど、まったくなかった。
走っても走っても、走り足りず。
走っても走っても、逃げ切れず。

走るたびに、問いかけていたような気がする。
僕は誰だ。僕に何ができる。
僕はどこへ行こうとしてる。
僕はどうすればいいんだ。

時が流れ、僕は、帰らねばならない場所があり、しなければならないことがあり、
こうでなければならない自分が、何通りもある。

それでも本当は変わっていないのかもしれない。
5年後がどうなっているか、今の僕にはわからない。

2017/6/18 18:20
石狩川の河口に来た。
日没まではまだ40分ほどある。

それでも涼しい風が吹き、一日が終わろうとしている。
夕焼けの風景が、子どもの頃から好きだった。

仕事に追われ、体力が低下してきた最近は、バイクの上で日没を迎えることもめっきり減ってきていた。

いつまで乗れるだろう。
いつまで走れるだろう。

そんなことがふと頭をよぎる。
そんなこと、あんまり考えたことはなかった。
走れる限り走る。
そうしたシンプルなことしか、考えていなかったのに。

6月の休みも今日まで。
明日から7月の10日までは休みなしの仕事になる。
仕事柄、しょうがないのだけれど。

明日のことを考えると、ゆっくりしすぎるのもいけない。

でも、今は、もうちょっと。
もう少し、河口の風に吹かれて、一日を思い出し、
少し頭を整理して。

それからまた、家へと、走って行こう。
あと1時間。
街を抜けて家までの道は、日常へ戻る道。
それもまた、大切な道。

一日、600km以上走ってきた相棒に、もう少し、走ってもらって。
明日の朝も早い。
気を付けて、帰ろう。
(言問 完)

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