10月22日(火)。
午後、少しだけ、ゆきかぜと散歩に出た。
札幌市、南区、簾舞(みすまい)。
いつも停まってしまう、簾舞の農家の側の道。
作業小屋と周りの光景が美しくて、どの季節でも、見とれてしまう。
人の暮らしの、丁寧な手の跡が、しっかりと蓄積している。
こんな風景は、僕には作れない。
刈り取った稲の跡も美しい。
小屋の横に立つのは、たぶんりんごの樹だ。
ゆきかぜと一緒に。
イタリア生まれの彼女だが、日本の風景にも、どうしてどうして、似合うのだ。
午後3時48分。
もう秋の午後の日は、暮れかけている。
陽向なのに、この光。
かすかに霞んだ秋の午後の空。
雨が、近い。
今年は、山々が真っ赤になる前に、落葉を迎えそうだ。
樹々のタイミングが揃わず、紅葉の景色としては、あまり映えなかった年、ということになるだろうか。
いや、僕が見ていないだけなのかもしれないのだが。
この近くに、何度か立ち寄ったことのある「簾舞通行屋」の跡がある。
そこにヤマモミジの樹が一本立っていて、毎年、見事に紅葉する。
今年はどうだろうか。
すぐそこだから、ちょっと寄ってみることにした。
ああ、今年も紅葉していた。
どうしてあなたは、毎年変わらずに、美しく色づくのか。
僕は、ここ数年、いろんなことがあり、環境も、心境も、それから身体(体調・老化)も
大きく変わりました。
あなたは、変わらないように見える。
いやあなたとて、齢をとらぬわけはなく、環境変化には、苦しめられているはずで、
それでもあなたは、今年も、美しく紅葉した。
美しい。
そして、やさしい。
ヤマモミジの紅葉は、とくにこの簾舞のヤマモミジは、やさしい紅葉をする。
そういう強さを、手にすることが、いつか僕にもできるだろうか。
ゆきかぜによく似合う。
ゆきかぜ、君の故郷でも、秋は、こういう彩なのか。
もう一度見上げる。
風が止まって、静かな秋の遅い午後。
立ち去る前に、もう一度。
ありがとう。
来年もまた、会いに来ます。
帰りに、幌見峠に寄った。
大都市、札幌。
こんな大きな街に住んでいることが、嘘のようだ。
山から見ると、市街地には色がない。
夜になると逆になる。
闇の中に、様々な色で市街地が浮かび上がる。
光の海のように。
どちらも街の相貌だ。
僕等は、そのはざまで、生きている。
秋は、そんなことも思わせる。
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