2019年10月26日

簾舞通行屋の紅葉。ゆきかぜ散歩。


10月22日(火)。
午後、少しだけ、ゆきかぜと散歩に出た。
札幌市、南区、簾舞(みすまい)。




いつも停まってしまう、簾舞の農家の側の道。
作業小屋と周りの光景が美しくて、どの季節でも、見とれてしまう。
人の暮らしの、丁寧な手の跡が、しっかりと蓄積している。
こんな風景は、僕には作れない。



刈り取った稲の跡も美しい。
小屋の横に立つのは、たぶんりんごの樹だ。


ゆきかぜと一緒に。
イタリア生まれの彼女だが、日本の風景にも、どうしてどうして、似合うのだ。



午後3時48分。
もう秋の午後の日は、暮れかけている。
陽向なのに、この光。
かすかに霞んだ秋の午後の空。
雨が、近い。



今年は、山々が真っ赤になる前に、落葉を迎えそうだ。
樹々のタイミングが揃わず、紅葉の景色としては、あまり映えなかった年、ということになるだろうか。

いや、僕が見ていないだけなのかもしれないのだが。

この近くに、何度か立ち寄ったことのある「簾舞通行屋」の跡がある。
そこにヤマモミジの樹が一本立っていて、毎年、見事に紅葉する。
今年はどうだろうか。
すぐそこだから、ちょっと寄ってみることにした。


ああ、今年も紅葉していた。

どうしてあなたは、毎年変わらずに、美しく色づくのか。

僕は、ここ数年、いろんなことがあり、環境も、心境も、それから身体(体調・老化)も
大きく変わりました。

あなたは、変わらないように見える。

いやあなたとて、齢をとらぬわけはなく、環境変化には、苦しめられているはずで、
それでもあなたは、今年も、美しく紅葉した。



美しい。

そして、やさしい。

ヤマモミジの紅葉は、とくにこの簾舞のヤマモミジは、やさしい紅葉をする。

そういう強さを、手にすることが、いつか僕にもできるだろうか。




ゆきかぜによく似合う。

ゆきかぜ、君の故郷でも、秋は、こういう彩なのか。



もう一度見上げる。

風が止まって、静かな秋の遅い午後。



立ち去る前に、もう一度。

ありがとう。

来年もまた、会いに来ます。










帰りに、幌見峠に寄った。

大都市、札幌。

こんな大きな街に住んでいることが、嘘のようだ。

山から見ると、市街地には色がない。

夜になると逆になる。
闇の中に、様々な色で市街地が浮かび上がる。
光の海のように。

どちらも街の相貌だ。

僕等は、そのはざまで、生きている。

秋は、そんなことも思わせる。

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