2019年9月4日

「 △ ◇ 〇 」(3) 鉄龍馬の咆哮

「副編集長、ちょっといいですか?」
「何だ?」
「レンタカー移動にGTRは注ぎ込み過ぎでしょう。経費で落ちませんよ。」
「大丈夫だ、俺は副編で、編集長から許諾は得てる」
「で、どこ行くんですか?」
「新ひだか町の赤木牧場だ。だが、ちょっと寄る所がある。まず札幌へ行く」

高速道に乗る。副編集長の運転は、荒いようだが、安全マージンが大きく、上手い。
そりゃそうだ。自動車雑誌の副編集長だ。並なわけがない。
GTRっぽい速度で走る。
「札幌でどこに寄るか、気にならないか」
「いえ、出張についてきただけですから」
「どこまでも、木内だなあ。まあいい。ちょっと運転に集中するぞ。GTRの面白いところをちゃんと出さないとな」
あっという間に札幌に着いた。
札幌北インターまで走って降りて、少し南下。
「ここだ。知ってるな」
バイクショップ、「50(フィフティ)」。
店の前にGTRを停め、副編集長はさっさと降りて店の中へ。
「コウキ、わしじゃあ」
「ゼンか」
「おう、われ、元気そうやんけ」
「相変わらずだなお前も、なんだ、今『モーターグラフィック』の副編だって」
「じゃかあしい。んなことは、どうでもいいんじゃ。しかし、われ」
急に変な関西弁っぽくなった副編と、やたらイケメン中年のバイクショップの主人とが、なんだか変な会話を始めている。僕は店のドアの外で、突っ立ってた。
「とんでもないこと、やりおったのー」
「40年ぶりだってのに、よく突き止めたな」
「ふん、今日、行けるんやろな」
「ゼンが来たのに、行かないわけにはいかないだろう」
「おう、乗れや」
二人が店から出てきた。
「木内、後ろいけ。」
まあ、そうだろ。
「やあ」店長が声を掛ける。
「どうも」僕が答える。
3人が乗って、出発となった。

「最初に思ったんはな」
副編集長が話し出す。
「赤い彗星の噂。あれ、一回だけだったやろ。とんでもなくバカげたトライを、一回だけやって、その後、全く姿を見せん。そんなことやる奴は、目立ちたがりとはちゃうっちゅうことや」
「あの、副編集長」
「なんだ、木内」
「その変な関西弁、気持ち悪いんで、やめてくれませんか」
「ま、ええやろ。よっしゃ、じゃあ、木内にわかるように話したろか。
一晩で2100km。まともじゃない。8耐みたいに、リレーで走るならいいが、それをしようとすると、ライダーの数が足りん。次の交代まで車で運ぶには、間に合わないからな。
そんな大人数でやったら、絶対外に漏れる。これは、最低でも3人は必要で、最高でも5人までの仕事だと思った。」
「ふむ」
店長だ。
「ライダーの身体を考えると、疲労感が少なくて、長距離をどこまでもぶっ飛ばすマシンが必要だ。最初に考えたのはBMWだが、すぐ外した。」
「どうして?」
これは店長だ。
「BMW乗りは、こんなめちゃくちゃなことはせえへん。」
「偏見だ。BMWのことも、ライダーのことも何も分かってない」
これは僕。
「若い奴がノリでチャレンジするには、リスクのわりに、ゲットするものが小さすぎる。誰にも知らせず、一回だけのチャレンジだからな。これは、おやじの仕業だと思った。」
副編集長は僕を無視して続ける。
「木内に訊いたら」
あら、無視しないのか。
「ハヤブサか、ZX14Rだと答えた。それでわかった。マシンはH2だとな。」
「カウルの性能か」
「それもある。カワサキ重工、あのカウルの設計は馬鹿げてる。ありゃ、ヘリとか、ジェット機とか、空飛ぶ奴の発想のカウルだ。で、高速道はモトGPのサーキットじゃない。もっともっと直線が長く、カーブは少ない。旋回に振る力を、直線でのパフォーマンスに焦点化して、かつ、通常は直線に感じるところをコーナリングする速度で走るのだから、ハンドリングが秀逸でなければならない。」
「うむ」
「そこまで実際にできるのは、GP経験のあるメカに限られる」
「それも、無知だ。」
これも僕だ。
「そして信じられない加速力、超高速域での加速、コーナリング、減速の優れたマシンを作れる男と言えば、限られてくる。」
「それは、そうだ」
僕。
「俺が知ってるのは4人いるが、そのうち3人はメーカーワークスのメカだ。だがこれはメーカーの仕事じゃない。残った一人が、コウキ。札幌50(フィフティ)のお前だ。」
「よく覚えてたな」
「覚えてたんじゃない、別件でいろいろあってな、お前の腕前は、思い知らされたんだ。」
「そうだったか」
「もう一つ、可変ウィング。最適なウィング制御とサス連動。各種Gセンサー、特に可変ウィングの電子制御は、乗り物を走らせながら、その制御を突き詰める経験が必要だ。未知の領域だ。」
「うむ」
「若い奴。相当に頭がよくて、電子制御を専門とし、自分でも相当以上に走る奴が、メカニックに必要だった。走らない奴には理解できない領域だからな」
「………。」

車はもう日高地方に入っている。
警察はいないのか。暴走GTRを止めることはないのだろうか。

「そんな奴も何人もいるわけがない。せいぜい5人~10人くらいだろ、いても。」
「いや、3人いれば御の字だろ」
「で、俺は一人、前から知ってたわけだ。」
「なるほど。若き天才電脳メカニック。レース外でKTMワークスの電子制御を開発、レギュレーションで使用はできないが、どのマシンよりも速くしちまった日本人メカがいたな、昨年の春突然退社した。」
「名前を変えてもなあ、車雑誌じゃ、すぐに足がつくというわけだ。業界が近すぎる」
「まあ、バカだからな」これは副編集長。
「失礼ですね」これは、僕。

「そいつらのチーム構成は、メカニック、もしかしてトランポの運転手兼助手。あと1人か2人だが、俺にも仕事がある。そっちにかまけているうちに、去年の夏の北海道の動画だ。あの狂った正月の縦断の前には、何度もテストをしてるはずなんだ。テスト走行に間違いない。」
「決めつけだ」僕。
「そうだ。ただの当てずっぽうだ。だが、あの動画で一瞬闇の中に見えた背中が、俺に教えてくれたわけだ。」
副編集長が息を吐く。
「俺があの背中を、忘れるものか。一度でも見たら、忘れない背中だ。たとえ、闇の中でも、小さい動画の中でもな」
もう日高の田舎道に入っている。
もうすぐ着く。
「後は、調べた。当たりはもともとあるわけだからな。すぐ場所はわかったし、二代目が牧場のHPを作っていたから、連絡もわけなく、とれた。」
「簡単だな」
「簡単すぎて、怒りがこみあげてくるほどだ。奴、ホンマ。アホやで」

GTRが止まった。
「おい、もうちょっと先だぞ」
「わーっとるわい。て、手が震えてきよる。ひっさしぶりやのう」
「連絡はしてるんだろ。迎えに出てるんじゃないか」
「おう。あのがきゃ、のうのうと善良な顔して、そういうことする奴やから」
「まあ、いこうぜ」
「おう、いよいよ再会や。赤木。そして、見せてもらうで、お前の化け物マシン」

そこまで言ったとき、どこかから、かすかにエギゾーストノートが聞こえて来た。
「おい、待て。停めろ」
「なんやと。」
「エンジン切れ。聞け!」
副編集長がGTRを停めてエンジンを切る。

風の音に紛れて、しかし、あっという間に力強く、
ギギュョョョョョォォォォォォ…………!!と、金属の龍が吼えているような音が近づいてくる。

「来た!」
前方の山の道、木の合間から、一瞬何かが高速で移動するのが見えた。
オオオオオオオオオオ………!!
まるで龍のようなスピードだ。
道の向こう、直線の向こうに赤い光が飛び込んで来た!と、思うと、倍速動画を見ているような気持わるさで、それが爆音とともにこちらへ、飛んでくる。いや、走っているのだが、飛んでくるように見えた。
「うわ!!」
思わず体に力が入る。
すると、こちらに飛んでくるミサイルかとも思えたその物体が、今度はギュワワワワワアァァァァァァ……と急制動をかけ、GTRの前で横向きに停まった。

「おどらぁ!」
副編集長がGTRのドアを開けて飛び出す。助手席からはコウキさんが。

「とことんなめくさってくれるのォ、ワレッ!!」
「久しぶりだな。ゼン」
「あ…、あ…、赤木ィー!!!!」

真紅のH2ーR改。
白髪になってサングラスをかけた赤木と、愛馬、「赤兎馬」だった。

「赤兎馬」(3)鉄龍馬の咆哮 完

4 件のコメント:

  1. (1)で、タイトルの「伏字、なんだろう?」
    (2)で、「!!」ニヤニヤでした^^
    それにしても、Ninja H2R-改 とは!!(「改」というのがステキな響きです)
    可変ウイングまでは思いつきませんでした!!
    アクティブサスと連動させれば…いやぁ凄いだろうなぁ〜
    ヤラレました^^

    「赤兎馬」というワードを思った時、ハヤブサや14Rは”重い”と思いました。
    マン島を走る「神電」のような電動マシンも考えたのですが、同じ理由から外しました。
    △ ◇ ○3部作、ワクワクしながら読ませていただきました。
    今回の(3)では、昔のライダースクラブ(だったと思う)で、耐久レーサーのVFR(RVFの方だったかも)を公道仕様にしてしまったマシンが取り上げられていたのを思い出してました。

    いやぁ〜ほんまドキドキもんやわ!!



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  2. HiroshiMutoさん、こんにちは。
    「赤兎馬は一日に千里を走る馬。」
    ということは、高速で一気に走れる、〈青森―鹿児島〉間を一日…、と考えたところで、
    昼間は無理だから、一晩で…と考え、中央道経由だと大体2100kmになるな…と。
    とんでもない平均速度になるので、走行速度はさらにとんでもなくなり、
    まあ、破天荒というか、荒唐無稽なら、それもいいかと思い、
    かつ、誰にでも乗れるマシンではない…というところから、
    H2Rベースの公道仕様で…と、いうことになってだんだんイメージになりました。
    赤兎馬である以上、ライダーは一人。
    こんなのを乗りこなせるのは、どんな奴……?と考えたら、
    死神ライダー、赤木洸一が思い浮かび、マッハ750もH2だったじゃないか!と。

    で、赤木と言えば、横浜から追いかけて北海道まで来たユウキ、
    研二と一緒に北海道に来ていた大門恭介…となって、
    ユウキをメカにして、大門を探偵役にしたら、
    全く使いこなせない「関西弁」を使わなくてはならないことに気づき……。
    西日本の方言がめちゃくちゃに混じってもはやどこの言葉でもないものになってしまいました。
    すみませんです。お恥ずかしい限りで。

    赤木に、もう一度、思い切り走らせたかった……。というのが、
    なんか、後付けですが、いちばんの動機だったのかもしれません。

    赤兎馬。

    伝説のマシンには、伝説のライダーを。

    今回はバタバタした中で、ダガダガッと書きなぐってしまったので、
    もう少し落ち着いたら、ひどいところは直してみたいと思っているのですが、
    その前に走りたいのでした。

    HiroshiMutoさん、ありがとうございます!

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  3. 赤い…ん?
    ウサギ…ん?ワタシ干支ですが?
    とか思いながら、拝読しました。w

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    1. ん?

      赤いマシン=CBR
      ウサギ=干支 うさぎ年 
      鉄竜馬=バイク乗り

      あ!これ、tkjさんの話でしたか!
      さては、50のコウキとは、tkjさんだな!
      すごく走ってるのもそうだし!
      今度赤木洸一を紹介してください。

      ちなみに、50(フィフティ)とは、カメラの単焦点標準レンズのことで、
      札幌の凄腕一匹狼バイクメカといえば……、から来ているネーミングです。

      tkjさん、ありがとうございます。

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