2020年5月3日

1980年代のバイクテイストをどうぞ。「月と川音(1)」

どうしてバイクに乗るのかなんて、そんな理由は、もう要らなくなった。
走る自分が自分になって、もう35年以上過ぎた。
でも、時に、僕は思い出そうとする。
バイクで走ることの意味を。
僕は結局、1980年代の、あの若い時から、一歩も進んでいないのかもしれない。
でも、僕は、自分のそんなところだけは、誰に認めてもらえなくても、好きなのだ。
僕が僕であること。
それを愛せるなら、どんな時でも生きていける。
そう信じていた、1980年代。
自分を愛することが、ありのままの自分を感じて、受け止めることが
何よりも難しく、つらかった。
それは実は今も変わっていないのかもしれない。

10年くらい前に書いた、1980年代が舞台のバイクストーリー。
前のブログに上げていたものですが、もう一度、UPしたいと思います。

「I'm a Rider.」

ライダーの誇りを、胸に、僕等は走った。

「月と川音」 3回シリーズ、第1回。



ヨーコさん、ヨーコさんはいつ頃バイク乗り始めたんですか?

私?大学生の時よ。

どんなきっかけだったんです?やっぱ、彼氏がバイク乗りだったとか?

まあ…、当たってもないけど、そう外れてもないかな。

わあ!教えて下さいよ!その話。ヨーコさんのバイクとの出会い、聞きたい。

ううん…、あんまり面白い話じゃないわよ。私が話したら、あなたのお話も聞かせてくれる?

はい!いっくらでも話しますから、ヨーコさんの話聞かせてくださいよう。

…じゃあ…、話すわね。
私がバイクに初めて興味を持ったのは、大学2年の夏の終わりだったわ。
まあ、お決まりというか、夏の終わりに彼氏とだめになっちゃったの。突然「さよなら」。で、おしまい。

その彼がバイク乗ってたとか?

ううん、その彼は車だった。私、高校までは勉強ばかりしてる暗くて真面目で地味な女の子だったから、大学に入って初めての恋に夢中になっちゃった。何にも見えなくなってたのね。自分の周りのことも、相手がどんな人かも、自分の気持ちも。
でも、この恋の話は面白くないし、バイクとは直接関係ないわ。
で、その彼氏と別れた夜、私、自分のアパートの部屋で、もうボロボロになっちゃて、つらくてつらくて、どうしようもなかったの。ただ真面目だった高校生までの私も、恋に夢中だった昨日までの私も、みんな、みんな壊れてしまって、私、自分がバラバラに崩れて行くみたいな感じがしたの。乾いた粘土を指でつぶすときみたいに、ぼろぼろ崩れて、私がなくなってしまいそうだった。
とっても怖くて、つらくて、でも、誰にも泣きに行けないの。私、なんてバカなんだろう、私、なんて愚かな人間なんだろうって。とても怖くて、寂しくて、誰かにいてほしいのに、誰にも電話もできないし、誰にも逢いたくないの。でも、誰かに抱きしめてもらってないと、本当に崩れて消えてしまいそうだった。

意外です。ヨーコさんに、そんなことがあったなんて。

私、本当に体に震えがきだしたの。誰か、助けて!って心の中で叫びながら、でも、これは自分が愚かだから、このまま崩れていくんだ…って思いもあって。
私、一人で部屋の中で、震えてたの。

そしたらね、急にゼミの先輩の顔が浮かんだの。自分でもびっくり。だって、あんまり話したこともない先輩なんだもの。
どうしてか自分でもわからないけど、もう、ひとりでいるのが怖くなってきて、私、部屋からとびだしちゃった。

夏の終わりの町はまだ暑かったわ。でもさすがに昼間のうだるような残暑は抜け始めてて、私は道の上で、途方にくれて。気づいたら私、先輩のアパートの方に歩き出してた。

先輩のアパートは一回だけ、ゼミ生全員で課題のレポートに取り組むために行ったことがあったの。先輩の部屋は壁中本だらけで。そこで徹夜で作業したことがあった。でもそのときも先輩はあまり私とは口をきいてなかった。話してもゼミのレポートのことだけだった。

先輩のアパートは、私のアパートから歩いて15分くらいだから、歩いて行けば行けたのね。
夜中に男の先輩のアパートに一人でいきなり行くなんて、非常識だし、そんなことしていい訳ないのは自分でも分かってた。でもどうしようもなくて、途中からは走り出してた。
木造の古いアパートの2階に先輩の部屋はあった。道から電気が見えたから、先輩がいるのが分かった。
私、引き返そうと思ったけど、できなかった。階段を上がって、ドアをノックした。
「開いてますよ」
って中から先輩の声がした。その声を聞いただけで、今まで出てなかった涙が、堰を切ったみたいに流れて、私は先輩の部屋のドアの前で、突っ立ったまま、泣き出してしまったの。ドアを開けることもできずに。
ドアが開いて、先輩が顔を出した。
「井上、どうした?」
先輩はびっくりして訊いた。
「先輩、ごめんなさい、こんな夜中に…。」
私は泣いてしまって話せなくて。
「井上、どうした、大丈夫か」
「……。」
「とにかく、上がれ。」
先輩は部屋に入れてくれて、私を座らせた。

「…すみません。先輩…。」
「どうした、誰かに襲われたのか」
私はきっとそんな様子だったんだと思う。
私は首を振った。
「ちがい…ます。だい…じょうぶ…です。…すみません。」
言うのが精一杯だった。体はまだ震えてて、涙がぼろぼろ、あとからあとから出てきて。
でも私、先輩の左手のシャツを両手で思い切り握り締めてた。どうして握ったのか、覚えてないの。でも離さなきゃと思っても、震えが止まらなくて、手が離せないの。
「落ち着け、井上。怪我は、どこも怪我はしてないのか」
私はうなずいた。
「…だいじょうぶです。…ホントに、すみません。すぐ、落ち着きます…」
一生懸命話すけれど、震えも涙も止まらないの。
そしたら先輩、私を抱きしめてくれた。でも男が女を抱くみたいな抱き方じゃなかった。おにいちゃんが泣いてる幼稚園の妹を抱きしめてるみたいだった。
私、先輩のアパートで声を上げて泣いてしまったの。
ずっと、ずっと。
先輩は、その間、ずっと私を抱きしめていてくれた。

どれくらいそうしていたんだろう。私、やっと落ち着いてきて。
先輩は私をもう一回座らせると、ココアを入れてくれた。

私、涙と鼻水で顔なんかぐしゃぐしゃで。でも、先輩の入れてくれたココア、おいしくて。
先輩は黙って座ってるの。
「おいしいです。ありがとうございます…。」
「…よかった。少し落ちついたか?」
「はい。先輩、すみません。こんな夜に、突然、こんな…」
私、先輩にお詫びを言おうとしたら、また涙があふれてきて、話せなくなって。
「井上、本当に怪我とか、襲われたとか、そんなんじゃないのか」
「ええ、ちがいます。そんなんじゃなくて、私の、私が、バカだったから、私…ごめんなさい、関係ない先輩にまで、こんな、…あの、ご迷惑かけて…」
私はまた泣いちゃった。先輩はしばらく黙っていたけど、優しい声で言ったの。
「井上、お前の家、近くだったな、送っていこう」
私、必死で言ったの
「先輩、ごめんなさい。でも、あと1時間だけ、一緒にいて下さい。」
今から思えば、このときの私って、自分では必死だったけど、結構あつかましくて計算高い女だったかもしれないわ。
私はひとりがつらくて、誰かに側にいて、やさしくしてほしくて、先輩にすがったのよ。
先輩ならきっと私にやさしくしてくれる…。そんな計算を、心のどこかでしてたのかもしれないわ。
私って、そんな女になってたのよ。

長い間先輩は黙ってたけど、ぽつっと私に言ったの。
「井上、悪いけど、ここではだめだ。」
私、自分が見透かされたようで、息が止まった。
「井上、体は本当に何でもないんだな」
私はうなずいた。涙がまた流れた。
「じゃあ、気持ちが、つらいのか」
また、うなずいた。怖くて先輩の顔が見れない。
「井上、悪いが、俺にはたぶん、何もしてやれない。俺は、君のつらさを、たぶんわかってやれない。」
「…。」
「井上、今から、ちょっとバイクで出かけないか」
「…え?」
「バイクで、少し、走りに行こう。俺の後ろに、乗って来るか?」
私はびっくりして、でも、先輩が私のこと、心配してくれてるのが分かった。
私がうなずくと、先輩は押入れを空けて、なんだかたくさん服を取り出した。
「俺は、先に出てバイクを出してるから、井上は着替えて、このズボンを履いて、この上着を羽織って来い。ちゃんと洗濯してるから、心配するな。それから、靴はちょっと大きいけど、この靴。脱げたりしないように、しっかり靴紐を閉めろ。俺の靴下履くのは嫌だろうが、素足にこの靴はよくない。これもよく洗ってるから、靴下履いて、靴履いて来い。」
そういうと先輩は私を残して部屋を出て行った。

何だか変な急展開でしょ。私、訳がわからないままに言われるとおり着替えたわ。
アパートの下に降りると、先輩は裏から大きなバイクを出してきたところだった。
街灯に光るバイクがとてもきれいで。
先輩はジャンパー着て、ヘルメットを2つ持って待ってた。
「来たか。ちゃんと着たか?ちょっと失礼。」
先輩は上着やズボンの裾や靴の紐なんかを色々調整して、だぼだぼの服をなんとか纏め上げてくれた。
「大丈夫か?行けるか?」
私はやっぱり訳がわかんなかったけど、今ここで行くのをやめてひとりで部屋に帰るのは嫌だった。
「大丈夫です。あの、先輩、部屋の鍵は…」
「ああ、いいんだ。取るもんなんて本ぐらいしかないから」
先輩はヘルメットを私にかぶせて、革の手袋を渡した。
それから、エンジンを掛けると、バイクにまたがって、私を後ろに乗せた。
「いいか、ゆっくり走るから、こわくなったら、俺のわき腹を右手でこうやって叩け。体が前後に揺さぶられるようなら、膝で俺の腰を挟んで安定させる。両腕はここをつかむ。いいか。」
「はい」
「こわくなったら、いつでも合図しろ。いいか。」
「はい」
「じゃあ、行くぞ」
先輩はバイクを発進させた。
私はすごくどきどきしてた。
車のデートは彼と何回もしたけれど、バイクの後ろに乗るのは初めてだった。

まるで、世界全体が、揺らいで後ろに流れ出したようだった。(つづく)






2 件のコメント:

  1. ワタシはその頃からバイクに魅せられた?
    その頃って、いつのこと?
    ほら、親父さんにタンデムして貰って
    カブだよ
    カブでもバイクだからね!

    以前に、ウチの親父をタンデムシートに乗せられてヨカッタです。自己満足かもですが。(企てている最中に、何と、AmazonのあのCMが流れて、「やられた~」と思った次第です)

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    1. tkjさん、こんにちは。
      私も人生初バイクは、カブの後ろ座席でした。
      おじさんに載せられて、たしか、小1とか、
      そのくらいの時だったと思います。

      tkjさん。お父さんとタンデムしたんですね。
      いいですね。とても素敵です。

      私はタンデム、人生でも数えるくらいの回数しかしていません。
      (もしかしたら、全部思い出せるかも)

      タンデムって、特別な思いがありますね。
      一蓮托生、命を預かっているという感覚があるからかもしれません。

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