2020年5月6日

1980年代のバイクテイストをどうぞ。「Why 'M' rides a motorcycle」

「1980年代のバイクテイストをどうぞ。」
私、樹生和人がバイクに乗り出したのは、当時としては少し遅めの22歳の時。
最初のバイクは原付のDT50でした。
私には、バイクの先輩と呼べる人が二人いました。
Y先輩と、同級のM。
このお話は、以前のブログにも書いた、Mと雨の夜に走った思い出です。
今風に言えば、”Why M rides a motorcycle”=Mがバイクに乗るわけ です。
どうぞ。



僕のバイクの先輩の一人、同級のMは、ゴジラというあだ名の男でした。

ある夏の雨の晩、僕がアパートの部屋で一人本を読んでいると、表にバイクの音がしました。
ホンダの単気筒250ccの歯切れのいい音。
雨の中を、どうやらMが来たようです。
なんだろ?
部屋をノックされるまでもなく、ドアを開けると、カッパを着て雨の滴をボタボタ落としているMが立っていました。
「どうした?こんな夜に。上がれよ」
「いや、樹生、DTあるか?」
DT50は当時僕が乗っていた初めてのバイクです。
「あるけど」
「じゃ、合羽着て出発だ。走りに行こう」
Mとは、こういう男なのです。
「ちょっと待ってろ。いや、それよりコーヒー飲んでかないのか?」
…と言っても、ネスカフェエクセラなんだけどね…。
「いや、いい。早くしろ」
「わかったよ」

Mと僕は夜の街を走り出しました。
Mの後ろを原付のDT50でついていくのは大変です。
当時の原付はリミッターがないため、時速90㎞までは出ましたが、Mもなかなかの使い手なのです。でも、原付の僕をぎりぎりちぎらないように気をつけて走ってくれるので、何とかついていけました。

Mはやがて街を抜け、郊外の街道を大きな川の上流を目指して、走りだしました。
堤防の上を走り、大きな道に戻り、いくつかの市街地を抜け、また川沿いの狭い道を走り…。
やがて僕の全く知らない道にMは入りました。雨は弱まりながら降り続き、夜の闇は深く、民家もやがてまばらで、まるで舗装林道のような道をくねくねと忙しく切り返しながら、Mはどんどん山深く入って行きます。
ここではぐれたら帰れない!僕は必死でMを追いかけます。
Mのバイクは雨の夜の一車線の道を、右に左に、ダンスするかのようにヒラヒラと舞いながら進んでいきます。

相変わらず、美しい。

ごつい外見と、完全に山男のような腕力、底知れぬ体力で、「ゴジラ」とあだ名される彼は、しかし、非常に繊細な感覚を持つ男でした。
彼がバイクに乗ると、そのラインはとても美しく、僕は一度(これはこの時よりずっと後ですが)、彼と晩秋の山奥に走りにいって、落ち葉が敷き詰められた林道を、午後の低い陽を浴びながら彼が静かに落ち葉を舞い上げながら先行しているのを見て、その美しさに泣いてしまったことさえあります。

もうどこを走っているのか分からなくなってそれでも延々山道を走った頃、Mはバイクを道端に停めました。
僕も並んで停めると、Mは珍しくもうメインスイッチを切っており、僕にも手まねでスイッチを切れといいます。
でも、そんなことをしたら真っ暗になってしまう…。
僕は躊躇したのですが、Mの言うとおりスイッチを切りました。

あたりは闇に包まれ、気がつくといつの間にか雨は上がっていました。遠く、電柱の光が見えました。
どうやら、完全に山奥なのではなく、山奥にある小さな集落のはずれに来たようです。

Mと僕はメットをとりました。
夏の夜の雨に少し冷やされた空気が気持ちよく、いや、現実には少し蒸し暑い夏の夜だったと思うのですが、夜の雨も悪いもんじゃない…となんだか関係ないような感想を僕は感じ、それを言うとMはまた関係ないような返答をしました。

「樹生、よくついてきたな。」
「はぐれたら帰れんからな。必死だった」
Mはにやっと笑いました。
「ここ、どこなんだ?」
「いいから、ちょとだけ、歩くぞ」

Mは小路を静かに歩き、僕は後ろをついて歩きました。
だんだん目が慣れてくると、地形が分かるようになってきました。
周りは田んぼです。山あいの狭い、小さな谷の底が少し平に開けた、小さな小さな盆地のような地形です。
せせらぎの音も聞こえます。

「樹生、最近は農薬を撒かない田んぼは珍しいんだ」
「ふうん…」
「ここは、山から沢水がこのとても小さな盆地に流れてきてる。農家は2軒。狭い田んぼで稲を作ってる。水温が低すぎるから、一度溜め池で日光に当てて、それから田んぼに流す」
「……。」
「この次のカーブを曲がったところがそこだ。」
カーブミラーが立ち、狭い小路は左に大きく曲がり、先は見えなくなっていました。
Mと僕はそのカーブを曲がりました。

すると、そこには…。
窪地に小さな田が何枚もあり、それが段差のある、薄い皿を段違いにたくさん重ねたような棚田になっています。
その中に、無数の蛍が、乱舞していたのです。
見たこともないような、たくさんの蛍です。
固まったり、離れたところにふわりといたり、高いところに登っていくものがあるかと思うと、足元に道端の草の中にも光があります。
「……!」
僕が言葉を失って立ち尽くしていると、Mは満足げに僕の横に来て、静かに蛍を見ています。

そのまま、どのくらい二人で蛍を見ていたのでしょうか。

蛍たちの、短い夏の、命の光のダンス。
時を忘れて立ち尽くしていた僕たちでしたが、やがてMが静かに言いました。

「樹生、そろそろ帰ろう。」
「うん。ゴジラ、すごいな、ここ。」
「うん。…樹生、バイクって、いいだろ?」

その時、Mは蛍のことでも、この小さな谷のことでもなく、「バイク」のことを口にしました。
そしてこの時、僕はMにとってバイクで走るということがどういうことであるのかを、少しだけ理解しました。

「うん、いい。…ゴジラ、バイクって、いいな」
                         

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